第39話 命の次に大切な宝物

 あれから数分後、ミズキは必死に私の名前を呼んでいたけれど、もう諦めたのかそれっきり何も言ってこなくなった。


 私はベッドの上に座って、自分の足をギュッと抱き締める。


「ミズキのバカッ………ミズキの嘘つきッ………ミズキの………うぅぅ」


 私は再び涙を流す。


 分かってる………私にも非があるって事を。


 ミズキは長い間、1人で自由な時間を暮らしてきた。そんな中、お父様のミスはあったものの、突然同棲すると言って押し寄せたのは私の方。


 それに、自分の事をもっと見てもらいたいがばかりに、ミズキへのアピールの仕方が積極的過ぎた。

 鬱陶しいって思われていても、それは仕方のない事。だって、私のした事なんだもん。文句なんて言えない。


 ちゃんと反省してる。ミズキへの配慮が足りなかった。


 けれど、ただの許嫁関係だって言われた時は、死んでしまいたいくらい辛かったし、悲しかった。


 ミズキの立派な花嫁になる。

 これは私の夢だった。夢を叶える為に、毎日毎日厳しい指導を受けて、家事を学んで、いずれくる『日』を夢見て頑張ってきたのに………。


 たったあの一言で、今までの努力が無駄になった気がしたの。


 その時、私の脳内にある光景が流れ始める。


『マトイ様!? お怪我はありませんか!?』

『………うぅ、ミサカァ、ごめんなさい………またお皿を割っちゃった』

『そのくらいで怒ったりなんてしませんよ。それより、指を切ってるじゃありませんか! すぐに医療キットを用意します!』


 これは小学生の頃。何枚お皿を割っちゃったっけ。もう数え切れないほど割ってしまってるかも。


『棚やタンスの上などはよく埃が溜まりやすいです。なので、こまめに掃除をするよう心がけましょう』

『分かったわ! よーしっ、綺麗に………うっ!? ゲホッ! ゲホッ! ゲホッ!』

『あぁ!? マトイ様!? そんなに勢いよくはたくとそりゃ埃が舞いますよ!』


 中学生の頃、タンスの上の埃を掃除しようとしたら、逆に埃が多くて結構長い間、咳とくしゃみが止まらなかったなぁ。


『ミサカ、肉じゃがを作ってみたの! 食べてみてくれる?』

『あら、見た目は完璧じゃないですか! マトイ様も随分と成長された事で………この三坂、大変うれしゅうございます! では、頂きます………うぐっ!?』

『ど、どうしたの………? ミサカ?』

『マトイ様………これは、砂糖ですか………? なんで肉じゃがに砂糖………しかも、すごい量じゃ………』

『あ、甘味を出そうと思って入れたのだけど………お、美味しくない………? 私も、味見を………うぐっ!?!?』


 そして高校生、家事にもすっかり慣れてきたけれど、料理の味つけがいまいちだったんだよね。

 あの時、砂糖………どのくらい入れたっけ。

 もう覚えてないけど、ミサカと一緒に甘さの地獄を見たなぁ。


 これも全部、ミズキに喜んでもらう為に頑張ってきた努力の結晶。


 高校3年生になって、料理・洗濯・掃除全てを完璧にマスターした。

 そして、ずっと会いたかったミズキに会えて………。


「……………」


 でも、そうだよね。

 あの時した『』なんて………もう忘れちゃったよね。だって、8年も経ったんだもん。


 私はキャリーバッグに視線を向ける。

 そして、ベッドから降りるとキャリーバッグの元に向かってチャックを開ける。


 キャリーバッグの内側についている網状のポケットには、白く縦に長い小さな箱が入っている。


 その箱を取り出して、箱の蓋を開ける。その中から取り出したのは、カーネーションの花びら1枚が入った透明のしおり。


 このしおりは、私にとって命の次に大切な唯一の宝物。どんな時でも、必ず肌身離さず持ち歩いていたくらい。


「……………」


 これを見てると、どうしてもミズキの事が頭に浮かんでくる。


 やっぱり、ミズキの許嫁をやめたくない。

 頑張ってきた努力を無駄になんてしたくない。

 ミズキに………謝りたい………仲直りしたい。


『この嘘つきッ!! もう知らないッ!! ミズキの事なんて………大ッ嫌い!!!』


 私がミズキに放った言葉が脳内で再生される。


「………あんな事言っちゃったから、きっと怒ってるよね………私の事なんか、嫌いになっちゃったよね」


 私はしおりを持って再びベッドの上へと戻る。


 そして、カーテン越しに雨がどしゃ降りの外を眺める。


 そう言えば、夜だっけ………?

 雷警報が出てた記憶がある………雷、怖いよぉ………。


 でも、ミズキと合わせる顔がない。

 今夜は私1人で………乗り切れるかな………?


「ミズキ………」


 しおりを自分の胸に当てて、私は彼の名前をボソッと呟いた。

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