第40話 過去の記憶

 ………あれ? ここはどこ?


 ふと気がつくと、私は全く見覚えのない場所に居た。


 外では大雨が降っていたはずなのに、空は雲1つない晴天。

 そもそも、ミズキのベッドの上に居たはずなのに、なんで私は外で立っているんだろう?


 私は辺りを見渡す。

 滑り台、ブランコ、砂浜………ここは、公園みたい………?


 なんで公園なんかに………ん? あれは………。


 そんな私の視界には、ある1人の少女がベンチに座っているところが映る。


 薄い灰色の髪………私と同じ色だ。

 

 少女を見ていると、背後から誰かが地面を蹴って走ってくる音が聞こえてきた。

 ふと振り向くと、黒髪の幼い少年が少し分厚めの本と、1本の花を持って走ってくる姿が映る。


 その少年は、まるで私が見えていないかのように、私の横を普通に通り抜け、ベンチに座る少女の元へと走る。


『マトイちゃん!』

「………!!」


 そして、少女に向かって名前を呼ぶ少年。


 その少年が言った名前が、私と同じ名前に思わず目を見開いてしまう。


『………あっ! ミズキ君っ!』


 その少女も、少年に向かって明るい表情で名前を呼ぶ。


 ミズキ君………あっ、そうか………なんか懐かしさがあると思ったら、ミズキと一緒に公園へ遊びに来ていた時の光景だ。


 第3者からの視点だったから、すぐに思い出せなかったのね。


 でも、ミズキと幼い頃に公園で遊んだ記憶はいっぱいある。

 一体、どの時の光景なんだろう?


 そもそも、なんで急に過去の記憶なんて………いや、今はそんなのどんでもいい。


 私は肩を並べてベンチに座る過去の私とミズキの姿に、再び視線を向けた。


『マトイちゃん、これあげる!』

『わぁ! 綺麗なお花! ありがとうミズキ君!』


 お花………あれは、カーネーション?

 そうか、これは………ミズキから初めて貰ったプレゼントの記憶って事は………。


 私は胸を手で押さえながら、2人の姿をじっと見つめる。


『マトイちゃん、お花にはね、花言葉って言うのがあるんだって!』

『花言葉??』

『うん! お花にはね、それぞれある意味が込められてるんだって! 今日、学校の図書館で見つけたから借りてきたんだ!』


 過去のミズキは、手に持っていた本を開いて、過去の私に見せる。


『僕のお友達にね、お花が大好きなお母さんが居るから、そのお花を1つ貰ってきたの!』

『そうなんだ! これって、何て言うお花なの?』

『これはね、カーネーションって言うんだよ』

『カーネーション………綺麗なお名前!』


 覚えてる。

 初めてミズキから貰ったプレゼント。カーネーションを受け取った瞬間、本当は心の中ですごく喜んでた事を。


『それでね、このカーネーションにも意味があるんだ。えっと………どこだっけ………あった! これだよ!』

『無垢で深い愛?』

『マトイちゃん、この漢字読めるの? すごい! 僕には全く分からないや』


 まぁ、私は物心ついた頃から令嬢としての基礎を学んでいた。

 もちろん、高校で転校するまでは小・中・高が1つになった特殊な学校に通ってたし、普通の子達よりも授業内容がとても進んでいた。


『この漢字を何て読むかは分からないけど、愛は読める! パパとママが言ってたんだ。パパとママは愛で結ばれて結婚したって!』

『愛で結ばれて結婚?』

『そう! 愛って言うのは、相手の事が好きって意味らしいよ!』

『………!!』


 ……………。


 私は何も考える事をしなかった。いや、出来なかった。

 なぜなら、この記憶は私の人生を大きく変えてくれた大切な記憶だから。

 その記憶の懐かしさに、目が話せない。


『僕、マトイちゃんの事大好きだから、愛の意味があるこのお花、マトイちゃんにピッタリだと思ったんだ!』

『私も、ミズキ君の事大好き!』

『本当?!』

『うんっ!』


 2人はお互いに笑い合う。


『じゃあ僕、パパとママみたいに、マトイちゃんと結婚するよ! 大人にならないと出来ないみたいだから、立派な大人になったらマトイちゃんを僕のお嫁さんにしたい!』


 ………!!


 それを聞いた私は、思わず涙が流れそうになる。

 懐かしさ、嬉しさ、そして………ミズキに言われた言葉への悲しさ。あらゆる感情が心の中で混ざっている。


 でも、この時の私は………どれだけ嬉しさで心が満たされていた事か。


『うんっ! 私も、たくさんお勉強して、ミズキ君の立派なお嫁さんになれるように、頑張るねっ!』

『うん! 約束だよ!』

『約束っ!』


 過去の私とミズキは、お互いの右小指を絡めて、指約束を交わす。


 この瞬間、私には『ミズキの立派なお嫁さんになる』と言う、夢を抱いた。


「ミズキの………立派なお嫁さんに」


 私はそう呟くと、胸に手を当てたままそっと瞼を閉じる………。

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