第41話 どんな悩みもご飯には勝てない

「りっぱな……およめ、さんに………」


 コンコンコン………と、寝室にノックの音が鳴り響く。


「マトイ、マトイ?」

「………んん?」


 ミズキに呼ばれ私はそっと目を覚ます。


 どうやら、いつの間に寝ちゃってたみたい。だったら、さっきの記憶は………夢か。


「………何?」


 目を覚ました私は体を起こして、軽く目を擦りながら扉の越しに居るミズキに応答する。


「マトイ………もしかして、寝てた?」

「そうだけど」

「そっか………寝てただけか」

「………それで、なんの用?」


 寝巻きの乱れてを整えながら、ミズキに用件を求める。


「あぁ、すまん。少し早いけど、夕飯作ったんだ」


 えっ? 嘘、もう夜??


 私はふと窓を見る。そしたら、完全に日が沈んだ訳じゃないけど、空がだんだんと暗くなり始めていた。


 私、そんなに寝てたんだ………。お昼も食べてないから、正直お腹は空いてきてるかも。


 だけど………


「ごめん、食欲ない」

「……………」


 ミズキも黙り込んでる………そうだよね、せっかく作ったのに食べてもらえなかったら、誰だって落ち込むよね。


 だけど………本当に今は食欲がないの。それに、ミズキに合わせる顔もないから。


「分かった。けど、さすがにお昼も夜も食べないのは良くない。だから、扉の前に置いとく。今からお風呂入ってくるから、戻ってきても食べてなかったら片付けるよ」

「……………」

「気が向いたら食べてくれ。食器は、そのまま置いといて。んじゃっ」


 コトッと扉越しに何かが置かれた音がした後、ミズキはお風呂へ向かったのか、足音がだんだんと遠退いていく。


 一方私は、ベッドの上で黙って座っているだけ。


 ミズキ………多分だけど、私の事を配慮してくれたのかな?

 私がミズキと合わせる顔がないのを察してくれたのか………それとも、単にミズキも気まずいからか分からないけど、部屋に入って来ないし、ご飯もわざわざ作ってくれた。


 でもごめん。今は本当に食欲がないの………。


 ぐぅ~~~………。


「……………」


 うん、本当に食欲が………


 ぐぅ~~~………。


「………うぅぅ」


 私はベッドから降りると、扉の方へと歩み寄る。レバー式のドアノブをガチャッと開く。

 そして、頭だけだしてリビング内を見渡した。


 誰も居ない。ミズキは本当にお風呂に行ってるみたい。


 そして、視線を下ろして床を見ると、箸・ご飯・お味噌・ハンバーグ・氷水1杯が乗せられたお盆が置かれていた。


 私はもう1度リビングを見渡して、お盆を両手で持ち上げると、ダイニングテーブルまで持ち運ぶ。


 さすがに寝室に籠ってベッドの上で食べるなんて、お行儀が悪すぎるからね。

 かと言って、ミズキとは今は会いたくないから、早めに済ませちゃわないと。


 ダイニングテーブルの上にお盆を置いて、椅子に座る。両手を合わせて、ご飯を作ってくれたミズキへ感謝を込める。


「頂きます」


 箸を手に取り、ハンバーグを食べやすいサイズに切り分ける。

 そして、さっそくハンバーグを一口。


「………!?」


 お、美味しい………っ。


 私は思わず左手で口元を覆い隠す仕草をする。


 お昼を食べてなくて、空腹だったからかな?

 噛んだ瞬間、ホカホカの肉汁が溢れ出てきて、口の中全体にハンバーグの幸せな味が広がる。


 自分の作るハンバーグなんかより、断然美味しい。


 なにこれ………癖になっちゃいそう。

 こんなに美味しいハンバーグ………ご飯と食べたら絶対に合う………!


 私はすかさずホカホカのご飯を口に含む。


「んん~~~っ!!」


 左手を頬に当てて、口の中いっぱいに広がる幸せと言う名の美味しさを堪能する。


 噛めば噛むほど味が出て、モグモグする口を止められない………!


 この時の私は、朝の出来事なんてすっかり忘れて、ミズキの手料理をたっぷりと堪能する。


☆☆☆


 最後に残った氷水入りのコップを持って、冷たいお水で喉を潤す。


「ふわぁぁぁ………美味しかったぁ♡」


 気がつけばお皿の上には米粒1つ残す事なく、完全完食を果たして、幸せに溺れていた。


 肉じゃがと言い、ハンバーグと言い、ミズキってばどうしてこんなに料理が上手なんだろう。

 勝てる気が全くしないやっ。


「ご馳走さまでしたっ」


 最後に再び両手を合わせて、ミズキに感謝を込める。


 まだミズキはお風呂から上がってきていない。10分も経ってないんじゃないかな?

 まっ、ミズキの手料理が美味し過ぎるから、つい爆食してしまった。これはミズキのせいだねっ。


 食器を片付けようとお盆に手を伸ばす。


 ミズキには『食器はそのまま置いといて』と言われていたけど、今ではもう忘れている。


 お盆に手が触れようとしたその時、脱衣部屋からガシャッと扉が開く音が微かに聞こえた。


「………!!」


 どうやらミズキが浴室から出てきたみたい。


 私はすかさず手を引っ込め、寝室へと急いで戻り、バタッと扉を閉めた。


 ハンバーグが盛り付けられていた白いお皿の下には、色が同化してて分からなかった、ミズキからの小さな手紙が置いてあった事に気がつかないまま。

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