第36話 2人の気持ち
「ご、ごめんね………お父様から電話なんて、珍しい事もあるんだね~………」
「そ、そう………だな」
電話を終えたマトイが俺の所へ戻ってくる。ソファに腰を下ろし、お互いに肩を並べるが………非常に気まずい。
「……………」
「……………」
さっきは………なんだ、本能に身を任せたと言うべきか分からないが………いい雰囲気に飲み込まれていたのは確かだ。
マトイと同棲を始めてまだ3日目。無意識だったとは言えど、さすがに攻め過ぎかもしれない。
クソッ………なんでだ?
何度も同じ事を頭の中で言い聞かせているはずなのに。『マトイとの許嫁関係は俺の本意ではない』と。
なのに………なぜこうもマトイに迫ってしまう?
マトイが積極的過ぎるから?
俺の持つ意志が紙切れのように柔らかいから?
もしくは………マトイの事が好きだから………?
いや、それは違う。
マトイの事は………もちろん好きではある。だが、そう言う恋愛的な意味での好きではない。
あくまで俺は、マトイの事を1人の親友感覚で捉えているんだ。
「はぁ………」
俺はマトイに聞かれないよう、音を殺して短いため息を吐く。
一方、マトイは………
☆☆☆
うぅ………お父様ってばどんなタイミングで電話かけてきてるのよぉ~っ!
ミズキと初めてのキスを交わす寸前だったってのにぃ~!
『マトイ、調子はどうだ? 体の具合が悪かったりしないか?』
とか、心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事でミズキとのファーストキスを台無しにされたなんて………さいあ………うぅぅぅ。
おかげでミズキとの間に距離が出来たみたいに、なんだか空気が重く感じるし………話かけようにも、上手く話かけられない。
私はふとミズキの顔を視線を向ける。
「………?」
あれ、ミズキ………なんだか暗い表情をしてる。
もしかして………怒ってるのかな………?
いや、だってさっきはミズキの方からも私を抱き寄せてくれたもん………怒ってはない………はず。
でも、よく考えてみれば………私とミズキって同棲始めてからまだ3日目だよね?
将来、私はミズキのお嫁になる存在。だから、誰にも見られていない所では、ミズキに必死にアピールしてもっと私の事を見てもらおうとしてた。
けど、思い返してみれば………ミズキの家に突然押し掛けたのは私の方。お父様のミスがあったとは言え、ミズキは私と同棲する事を知らなかった。
私が来る前までは、ミズキは自由な時間を過ごしていた。それを、私が同棲しに来た事で………壊しちゃった………?
私は突然、心臓が潰れそうなほど胸が痛む感覚を味わう。
私、やり過ぎちゃったかな。アピールの仕方も、大胆過ぎたかな。誰だって、自分の時間を邪魔されたら………嫌だもんね。
正直、ミズキが私の事をどう思ってるのかは分からない。けれど、今のミズキの表情は………決していいように思われているような表情じゃない。
もし、迷惑をかけてたのなら………しっかりと謝って、自分を見返し、迷惑をかけないようにしなくちゃいけない。
「ミズキ、もしかして………迷惑かけちゃった?」
「………えっ?」
私は勇気を振り絞ってミズキにそう問いかける。
「い、いやいや………! 迷惑なんてしてないさ」
「………本当に?」
ミズキは私に微笑みながらそう答える。
だけど、分かる。この笑顔は作り物だと。私に気をつかって作り笑いをしているんだ。
「ミズキ、お願い。正直に教えてほしいの。本当に、迷惑かけてない?」
「……………」
私は真剣な眼差しをミズキに向けて、もう一度問いかけた。
「あぁ、迷惑はしてないよ。だけど、やっぱり俺は俺で………時々自分の時間が欲しいと言うか、俺らはただの許嫁関係だ。ちょっと、積極的過ぎると言うか、もう少し普通にしたいと言うか」
「……………」
迷惑はしてないって………話を聞いた感じだと、遠回しに迷惑だって言われてる気がしなくもない。
それに………ミズキは私達の事を『ただの』許嫁関係だって思ってるんだ………。
私は、ミズキのお嫁になる日を楽しみにして、毎日毎日ミサカからの教育を受けた。立派な妻になって、ミズキを支える為に。
ミズキとの許嫁関係は、特別な関係だって思ってた。それはミズキも同じだと思ってたけど………違うみたい。
すると、突然私の太ももの上に、1粒の涙が落ちる。
ミズキは………私と結婚する時に、喜んでくれるのかな………いや、きっと喜んでくれない。
だって、ミズキの事も考えずに、自分の事を見てもらおうとだけしか考えてなかった。
結婚は、お互いに生涯を共にするパートナーになる大切な儀式。相手の気持ちも考えられない妻なんて、相手を不幸にしてしまうだけじゃ………。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
「おう………」
私はスマホを持ったままソファから立ち上がり、リビングの出入口に向かって歩き出す。
私は、決断したから。
『きっと私は、ミズキにとっていい妻には………なれない』
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