第12話 マトイの手料理 後編

「ミズキ! おまたせ!」

「おっ、待ってました………!」


 マトイはキッチンから白いお皿の上の乗せた料理を、カウンター前のダイニングテーブルへと持っていく。


 同時に、ソファから立ち上がりダイニングテーブルの席に着く。


 マトイが作ってくれた手料理は、俺が予想していた通り、ハンバーグだった。

 形に大きさ、焼き加減も良い感じだし、周りにはキャベツやきゅうりが盛り付けられていて、とても色鮮やか。

 そして、なんと言ってもハンバーグの上にケチャップで書かれた『ミズキ♡』と言う文字が一番特徴的だ。


「おぉ、良く出来てるじゃん………! 普通に美味しそう」

「えへへっ、そりゃあ待ちに待った愛するミズキへの初手料理だもの! 私の愛情をたっぷり込めてあるわ! そして、今までで一番良い出来なの!」


 両手を腰に当て、高らかと胸を張るマトイ。


 正面から漂う香ばしい匂いに、お腹が鳴る。早く食べたい………。


「あ、それと………ご飯にお味噌汁! 飲み物も………!」


 それから、マトイはホッカホカの真っ白なご飯と、お味噌汁を俺の前に並べる。その後、透明のコップに冷凍庫から氷を入れて、水道水を注ぐ。


 最後に、お箸と氷水を添えて食事の準備が整った。


「ごめんねミズキ………飲み物、何もなかったから水道水にしたけど………」


 マトイはエプロンを外しながらそう言う。エプロンを綺麗に畳んでカウンターの上に置いた後、俺の右側の椅子に座ってくる。


「いいよ。水道水だって普通にうまいんだぞ?」


 そう、日本の水道水はしっかりと管理されているから、普通に飲む事が出来る。それに、水道水をさらに綺麗にする装置もつけてあるから安心だ。


 だが、さすがに食事時にはお茶が飲みたいと言う欲はある。ちょうど切らしてたみたいだし、今度買い足しておかないとな。


「さて、マトイの作ってくれたハンバーグ。冷めない内に食べないとだけど、マトイは食べないのか?」


 目の前に並べられている料理は、俺1人分だけ。マトイの前には何も並べられていない。


 まさか、俺の分だけしか作っていないのか?


「もちろん食べるよ。お皿に盛り付けてないだけで、自分の分も作ってる」

「なら一緒に食べようよ。せっかくなんだから」

「いいの! 今はミズキの反応を見たいの! それに、やりたい事もあるし!」

「そ、そうか………」


 マトイがそう言うなら、別にいっか………。とりあえず、冷めない内に食べなければ。


 俺は両手を合わせ、「いただきます」と料理を作ってくれたマトイに感謝を伝えて箸を持つ。


「召し上がれ♪」


 マトイもニコニコとしていてとても嬉しそうだ。


 箸を持った俺は、さっそく手作りハンバーグへ箸を持っていこうとした時、マトイから「ちょっと待って!」とストップが入る。


「何? どうしたよ?」

「言ったでしょ? やりたい事があるって。そのお箸、私に貸して?」


 俺は箸をマトイに渡す。

 もうすでに想像はついているが、俺はあえて言わない。


 箸を受け取ったマトイは、利き手である右手に箸を持ち変え、箸で自分で作ったハンバーグを食べやすいように8等分へと切り分けた。


 そしてマトイは、切り分けられたハンバーグの1つを箸で掴み、俺の口元へと運ぶ。


「ミズキ♡ はい、あーん………♡」

「やっぱり」


 うん、まぁ………分かってはいた。女性から男性にご飯を食べさせてあげるのは定番中の定番だからな。

 しかし、いざこう言う場面になるとすっげぇ照れ臭くなってくるな………。

 

 俺は照れ臭さからか、少し躊躇うが………やがてパクッとハンバーグを食べる。


 俺に『あーん』が出来て満足しているのか、マトイの表情がまた一段と明るくなったような気がする。


「……………っ!?」


 口の中に含んだハンバーグをひと噛みしたその瞬間………ジュワァッと口の中全体に肉汁が染み渡る。


 なんだ………これ? 噛めば噛むほど肉汁が出てくるし、味付けも完璧じゃないか………!

 口の中がまるでお花畑になっているみたいだ。たった一口でものすごく心が満たされるのが分かる。


「ミズキ………どう、かな? 美味しく出来てるかな?」


 あまりの美味しさに動きが止まる俺に、マトイは口に合わなかったのかと心配しているのか、先程の明るい表情が、少し不安気な表情へと変わっていた。


 よく噛んでゴクリとハンバーグを飲み込む。


「マトイ、これ…………めちゃくちゃうまいよ。正直、すっげぇ驚いてる。こんな美味しい料理、初めてかもしれない」

「………!!」


 それを聞いたマトイは、手に持った箸をお皿の上に置くと、突然椅子から立ち上がる。


「ま、マトイ!?」


 バッと俺に背中を向けて、ソファに向かって思いっきりジャンプし、フカフカなソファの上にボフッと飛び込んだ。


「……………」


 その謎の行動に、俺は目をパチパチと瞬きさせる。


 次の瞬間、マトイは両足を軽く交互にバタつかせ始めた。


「………マトイ、そんなに嬉しかったのか、」


 今のマトイの状態を察した俺は、ほのかに微笑みながらそう問いかける。

 すると、ソファにダイブしたままマトイから返事がくる。


「だって、何年間も練習してきた努力が報われたんだもの………嬉しくて、泣いちゃいそう」


 マトイは本当に今から泣き出しそうなくらい、震えた声でそう言う。


 マトイの様子を見ていると、俺にこうして手料理を振る舞う為に、ものすごい努力をしてきたんだなって、強く実感する。


「………ありがとう、マトイ。けど、せっかくの手料理が冷めてしまうが」

「ま、待って………ミズキ、私が食べさせて………あげるから……もう少しらけ……待って………う、うぅぅぅ………」


 あぁ、結局泣き出してしまった………。


 まだ温かい間に食べてしまいたいんだけどなぁ………このままじゃ冷めてしまうな。(笑)

 

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