第27話 氷姫モード

 朝7時、脱衣部屋の洗面台にて最後の身だしなみを整えたマトイは、バックを持ってリビングで寛ぐ俺の元まで来る。


「ミズキっ」

「………んあ? あぁ、もう出るのか」


 マトイが学校指定のバックを持っている地点で俺は察した。


「うん、先に行くね。いってきますっ」


 クルッと180°回転し、俺に背中を向けながらリビングを出て行こうとするマトイ。


 それに合わせて、俺はスマホをスリープ状態にしズボンのポケットに入れると、ソファの側面に立て掛けていた自分用のバックを持つ。


「マトイ、ちょっと待て」

「………?」


 リビングを出る一歩手前で立ち止まった後、マトイは再度180°振り向き、俺に視線を向けた。そして、マトイは少し目を見開く。


 マトイの視界には、バックを肩に掛けてズボンのポケットに手を入れる俺が立っていた。


「ミ、ミズキ………?」

「ほら、一緒に行こうぜ。学校」


 動揺を隠し切れないマトイの横を通り過ぎようとしたその時、「待って!」と大きな声を上げながら、俺の右腕を掴んできた。


「一緒に………って、私と?」

「はぁ? お前以外に誰が居るんだ?」

「わ、私しか居ないけど………一緒に登校するのはちょっと………」


 マトイは俺と視線を合わせないようにしているのか、頭を下げたまま話をする。


「なんだ、一緒に登校するのがそんなに嫌か?」

「………いやっ、全然そう言うのじゃないの! 一緒に登校しようって言ってくれて、すごく嬉しかった! けど………外だと、他人からの視線が………」

「そんなに気になるのか? 視線」


 俺がそう聞くと、マトイは縦に頷く事も、横に振る事もせず、ただ黙っているだけ。おそらく、頭の中で悩んでいるのだろう。


 そんなマトイに、俺はあえて答えを待たず、背中を向けたまま話し始める。


「確かにマトイからしたら、周りの視線………気になるかもしんねぇな。けど、1回くらいは一緒に登下校してもいいと思うんだ。少なくとも、俺はマトイと一緒に登下校したいけどな」

「……………」

「どうしてもって言うなら、このまま送り出す。俺は後から家を出る」


 そう言った後、俺はマトイからの返答を待つ。


 ほんの数十秒の沈黙が続く。すると、マトイが俺の腕を握る力が一段と増した。


「分かった。一緒に行こっ。でも、外では………」

「分かってる。気にすんな」

「………うん。じゃあ、行こっ」


 俺とマトイはそのまま玄関へと向かい、2人での初登校が幕を開ける。


☆☆☆


 家の外に出て、エレベーターで1階のロビーへ降りると、出入口からマンションを出る。その瞬間、隣に居るマトイの雰囲気が一変するのが分かった。


 マトイの素っ気ないモード………いや、素っ気ないモードだと言い方が変だな。

 凍てつくような冷たい態度をしてくるから………氷姫ひょうきモード………とでも言っておくか。


 2人の時は、そのままの許嫁モード。これで差別しやすくなった。


「ほんと、雰囲気の変わりようがすげぇな。よくそんな早く切り替えられるもんだな」

「外ではいつ何処で誰が見てるか分かりませんからね。特に、あなたが側に居る時は尚更です。人は誤解を生みやすい生き物ですから」


 声のトーンも一段下げ、喋り方も凛々しくなっている。初日や昨日とはまた違った感じがする。


「それから、私の近くに居る時は、出来るだけ会話を控えてください。万が一の事もありますから」

「………おう」


 その注意を受けた後、俺とマトイは少し間を開けた状態で、2人並んで登校し始める。


 お互いに無口。そんな中、普通に歩く俺に対し、マトイは時折周囲をキョロキョロと見渡している。よっぽど警戒をしているようだ。


 ちょうど今は、近くを歩く人は居らず、車も通ってない。まぁ、この辺は朝だと学生が少し歩いてるくらいだ。


 人が居ない間に、俺は氷姫のマトイに問いかける。


「なぁ、そんなに警戒しなくてもいいだろ。もっと自然と………普通にしてればいいと思うんだが」

「………隠れた所で写真を撮る人だって居ます。警戒は解けません」

「そんな大袈裟な」


 マトイの言う事も分からなくもない。有名人であればあるほど、纏わり付かれる可能性は高くなる。何しろ、マトイは女性だ。男性よりも的になりやすい。


 と言うか、氷姫のマトイの横顔………可愛いさとは裏腹に普通にクールだ。なんなら、こっちの方がちょっと好みなところはあるかもしれない。


 周囲を警戒するマトイは、ふと自分が俺に見られている事に気がつき、眉間に眉を寄せる。


「………何ジロジロと見てるんですか」

「あぁ、すまん。ちょっと見惚れてたわ。マトイに」

「………なっ!? み、見惚れ………!?」


 マトイは目を見開きながら頬を赤く染め上げる。


 氷姫モードで『見惚れる』など言われるとは微塵も思っていなかったのだろう。

 マトイは揉み上げを摘まんで、俺から見えないように揉み上げで口元を隠す仕草をして見せる。


 その、全く隠し切れていない照れ隠しに、俺は胸がドキッとする。


「ね、寝言は、寝て言ってください………」


 許嫁モードとはまた違う。今のは、本気で見惚れてしまっていたかも………しれない。


 俺も少し、顔が熱くなってきた感じがする………。

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