第2話 家に帰ると

 午前10時30分。暖かい日差しを浴びながら、親の顔と同じくらい見慣れた通学路を歩いて帰る。


 新学期の初日や学期末の時は、始業式・終業式に加えHRだけ。基本的にはお昼には帰れる。

 常に1人で居る事を好む俺にとって、とてもありがたい日だ。早めに帰れてゲームも出来ればアニメも見れるし、漫画や小説だって読める。


 もちろん学校に居るのも悪くはないんだが、やはり別の生徒が複数人居るからか、まあり落ちつきはしない。


「さーて、今日は何しようか。時間はたっぷりあるし、とりあえずデイリークエストして、その後はアニメの続きでも見るかぁ~。いやぁ~、今日は最高の日になりそうだ」


 家に到着するまでのこの時間を使って、帰った後の予定を立てる。


 人気の少ない道を歩きながら楽しみを考える。なんとも幸せな時間なのだろうか。

 いかんいかん。考えれば考えるほど顔がニヤけてしまう。万が一こんな表情を誰かに見られてたら、絶対良くは思われないだろう。


「あ、そうだ。昼飯だけ買って帰えねぇと、忘れるところだった」


 危うく大切な昼飯を買い損ねるとこだった。家に帰ってからまた買いに外へ出るのは時間の無駄だ。

 少し遠回りにはなるが、近くにちょうどコンビニがある。何かを買って帰ろう。

 

 そして俺は、通学路とは少し違う道を歩いて急遽コンビニを目指す事にした。


☆☆☆


「うーーーん」


 コンビニの店内、ズラッと並べられている様々なコンビニ食を目の前に、腕を組んで悩む。


 弁当、パスタ、おにぎり、サンドイッチ。どれも美味しそうな物ばかりで何を買おうか迷ってしまう。

 安くて素早く済ませるならば、おにぎりやサンドイッチ。だが、今日はせっかく早めに学校が終わったんだ、この後の時間を楽しく過ごす為にも、ここは奮発しても良いのではないか?


 悩ましい………悩ましい………どれにしよう?


「……………」


 考える。テストで問題を解く時よりも3倍に脳をフル回転させる。どうする?


「まっ、たまにはいっか」


 そうして俺は、ある商品に手を伸ばした。


 手に取った商品は、明太子のスパゲッティ。少々お値段は高いが、コンビニのパスタ系はどれも美味しいから虜になる。


 店舗にもよるが、おにぎり1つがだいたい120~150円なのに対し、俺が手に取った明太子スパゲッティは480円とお値段が少々高いのがネック。


 だがまぁ、今日くらいは別にいいだろう。


 俺は明太子スパゲッティとカフェオレを購入し、そのコンビニから出る。


「よし、これで用意する物は揃った。さぁ、家に帰ろう。そして最高の時間を過ごすのだ!」


 これで後は帰ると言う選択肢だけが残った。他に行く所はない。


 そうと決まれば早く帰ろう! 

 愛しき我が家が俺の帰りを泣きながら待っている!


 ルンルンな俺は、左手にバック、右手にレジ袋を持って駆け足で帰り始める。


☆☆☆


「……………」


 無事に家に着いた。これから俺のターンが始まるはずだった。


 10階建てのマンションに住む俺は、玄関の扉を開いて部屋に入るが、ただただ無言で立ち尽くす。

 なぜ玄関で立ち尽くしているのか。それは、俺の目の前に居るある人物のせいだ。


「お帰りなさい! あなたっ!」

「……………」


 俺の目の前には、なぜか今日転校してきた有名な財閥の令嬢。西城マトイが居たからだ。


 しかも、学校とはまるで違う。素っ気ないクールな彼女だったのに、俺の目の前に居る西城マトイは、クール要素などない。可愛いで溢れている。


 しかも、なんだ『あなた』って………。


「ずっと帰りを待っていたのよ? あなたはすぐに帰宅する人だと聞いていたから、事故にでも巻き込まれたんじゃないかって心配してた」

「………いや、ちょっと待ってもらっていいか?」

「でも無事で良かったぁ! あぁ~………あなたの匂い、幸せぇ~♡」


 ニコニコで明るい彼女は、俺にギュッと抱きついてくる。


「だから待って。俺の話を聞け」

「ん? なぁに? あなた♡」


 俺の胸に軽く顎を押し付けながら、上目遣いで俺の事を見つめてくるマトイ。まるで小動物みたいだ。

 だが、少々暑苦しい為、俺は一旦彼女を引き剥がす。


「とりあえず、1つ聞かせてくれ。なんで俺の家に居るん?」


 俺はニコニコするマトイにそう聞く。すると、マトイは目を見開いて、『どうしてそんな事聞くの?』 と言わんばかりに、首を傾げる。


「だって、私はあなたの許嫁だもの。まだ正式ではないけれど、妻が夫と一緒に居るのは当然でしょう?」

「いや、そうじゃなくて。俺の住んでる所、教えてないだろ」

「住所の特定くらい、ちょちょいのちょいだもん!」

「そうだとしてもさ、なんで家入ってんの? 鍵閉めてたし入っていい許可出してないが?」

「鍵は鍵屋さんに頼んで作ってもらいました。それからお父様に許可を貰いました!」

「いや、人の家の鍵勝手に作るとかあり得ねぇし! しかも俺は許可出しちゃいねぇけどな?」


 もう何もかもが滅茶苦茶だ。住所を特定して来る分には別にいいよ。だって彼女、西城マトイは俺の許嫁なのだから。


 けど、人の家の鍵を勝手に作るのと、家主の許可なしに入るのはどうかと思う。


「た、確かに………一般的に考えて、あり得ないですね………」


 俺を話を聞いて、マトイはじっくり考え込む。自分がした事がどれだけ相手にとって失礼だったかを。


 相手が俺だから良かったが、知らない他人だったら通報案件だぞこれ。


「………ご、こめんなさい。反省してますから、怒らないで………嫌わないでぇ………」


 事を理解したマトイは、目から涙がポロポロと流れ出す。


「えぇ!? いや、別に怒ってないし嫌ってないから泣くなって!? これは注意だから!」

「うぅ………ぐすんっ」


 俺は仕方なく彼女を落ち着かせる為、バックとレジ袋を床に置いて彼女の頭を撫でる。


 頭を撫でた瞬間マトイは泣き止み、嬉しそうに再び抱きついてくる。学校での素っ気なさと言い、なんなんだこの変わりようは。


 そして俺は、このやり取りに大切な自分の時間を20分ほど割かれてしまう。

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