第3話 お昼ご飯

 午前11時10分。俺は買って来た明太子スパゲッティとカフェオレの入ったレジ袋をキッチンの上に置く。

 少し早いが、気分転換も含めて昼食にしようとレジ袋の中から明太子スパゲッティを取り出す。


 すると、すっかり泣き止んだマトイが、レジ袋から取り出された明太子スパゲッティを見て、俺の腕をグイッと引っ張ってくる。


「な、なんだよ………」


 腕を引っ張られる俺は、ムッとした表情のマトイに視線を向ける。


 この感じ、何か怒ってるな。


「それ、なんですか?」

「こ、これ? 俺の昼飯だけど」

「………むぅ」


 マトイはさらに眉間に眉を寄せる。


「私と言う妻が居ながら、どーしてお昼ご飯を自分で買ってくるんですか~」

「いや、そもそもマトイが居るなんて知らなかったし………」


 そうだ。俺は今日マトイが来る事なんて知らなかった。転校してくる事も聞いてない。正直、転校生としてマトイが教室に入って来た時はガチで驚いた。


「だとしても! 今あなたの隣にはこの私が居るんです! 料理なんて、毎日夜寝る前にメイドからたくさん学んだんです! ご飯くらい作れるもん!」

「あー、はいはい。悪かった悪かった」


 俺は適当に受け流し、構わず明太子スパゲッティを電子レンジの中にぶちこむ。暖め時間と温度を設定し、暖めを開始させる。


「あぁぁぁ………っ、あなたに手料理振る舞う為にエプロンも買って来たのにぃ………、ふぇ~ん」

「お、おい………いちいち泣くなって………夜はマトイの手料理が食べたいから、今は楽しみを残しておいてるんだよ」


 腕にしがみつきながら再び泣き出したマトイ。しかし、そんな涙は俺の言葉であっという間に無くなる。


 袖が涙で染みているから、本当に泣いていたのだろうが、『マトイの手料理を食べたい』その言葉が嬉しかったのか、パァッと明るい表情になる。


「そうだったんですね! もう、そうならそうと早く言ってよぉ~」

「本当にコロコロ変わるな。そんで離れてくれ」


 春とは言えど、ブレザーを来ているとさすがに暑い。そんな中で、人に抱きつかれるとさらに暑い。


 なので、俺はまたマトイを引き剥がす。


「なんで引き剥がすの!」

「暑いから」

「なら服を脱げばいいですか?」

「いや、お前が脱ぐな。てかマトイが服脱いでも涼しくなるのマトイじゃん」

「確かに! なら、私があなたの服を脱がせて………」

「いや、自分で脱げるし」


 本当に脱がしてこようとするマトイを止めて、俺は自分でブレザーを脱ぐ。


 すると、マトイが俺に両手をバッと伸ばしてくる。


「………今度はなに?」


 俺は目を細めてマトイにそう聞く。するとマトイは、ニッコリと微笑む。


「いえ、もう着ないのであれば洗濯機に入れて来ようかと思って!」


 おっと………何か変な事企んでるのかと思ったが、普通に助かる事だった。


 そう言えばさっき、毎日夜寝る前に料理をメイドから学んでいたって言ってたな。マトイ、本当に俺の許嫁として家事をたくさん学んで来たのか。


 将来の花嫁となる為に、頑張って来たんだと思うと、なんか………普通に嬉しく思えてきた。


「あぁ………じゃあ、よろしく」

「はぁい♡」


 俺はマトイに感心しながら、脱いだブレザーをマトイに手渡す。そしたら、マトイはすでにこの部屋の構造を熟知しているのか、洗濯機がある脱衣部屋へと向かって行った。


 正直、俺は許嫁なんて本意ではない。


 なぜならば、俺の意志関係なく許嫁にされたからだ。元々、今は亡き両親だが………父さんとマトイのお父さんはどこで知り合ったかは分からないが、とても仲が良かったらしい。


 父さんと母さんが2人でお出かけしてる時、老人による信号機の見落としが原因で、激しい衝突事故に巻き込まれてしまったのだ。


 しかも、そこはちょうど電車が通る線路の近くだった。線路と道路にはそれなりの高低差がある。父さん達は衝突された時の衝撃でガードレールを突き破り、2.5mほどある高さから、電車が通る線路の上に車の天井から落ちた。


 当然、車の天井から落ちたと言う事は、父さんと母さんは頭から落ちた事になる………いや、これ以上はやめておこう。思い出せば思い出すほど、心臓が潰されてるかのような苦しみが、俺の体全体を襲う。


 結局親2人を失った俺は、当時滅茶苦茶絶望した。


 どうやって生きて行けばいいのか。その絶望から救い出してくれたのが、父さんと友好関係を築いていた西城財閥の当主さんだ。


「………父さん。母さん、元気にしてるか?」


 俺はキッチンからリビングの大きな窓の前に移動し、空を眺める。


 それと同時、当時の記憶が徐々に蘇ってくる………。

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