第30話 コーンポタージュ

 俺は財布と、一度バックにしまった折り畳み傘を再び取り出し、財布をポケットに入れ、折り畳み傘を展開する。


「瑞希さん………? 何をしてるの?」

「んあ? ちょっくら買い物に」

「えっ!? か、買い物って!? こんな大雨の中行くのですか!?」


 マトイは驚きを隠しきれない。それもそう、なぜなら雨も風もさっきよりも強くなっているからだ。


「なぁに、運動場の所にある自販機まで行くだけだよ。近くだから大丈夫。んじゃ行ってくるわ」

「………! ミズキっ!!」


 俺は折り畳み傘を両手に持って、雨に打たれながら運動場へと向かった。そんな俺を心配そうに見つめるマトイに背を向けて。




「チッ、よりにもよって向かい風かよ」


 俺が向かっている方向から強風が押し寄せてくる。折り畳み傘で向かい風を防ぎながら、目的の自動販売機を目指す。


 距離自体はそんなにないのに、道のりが長く感じる。


「よしっ、ひとまず………セーフポイントっと」


 自動販売機のある所には、小さめではあるが屋根と壁が付いている。おかげで飲み物を買っている間は、雨と風を受けずに済む。


 俺はポケットから財布を取り出す。


 すでに買う物は決まっている。120円の温かいコーンポタージュ。寒い時に飲むコーンポタージュは真のうまさを発揮する。


 それに、マトイが徐々に寒さで震えてきている。体調を崩してもらっちゃ、こっちが困るからな。


 財布のチャックを開いて、中から小銭を取り出す。


「………あれ? 220円だけ?」


 どうやら小銭だけだと1本しか買えないようだ。仕方ない。ここは1000円札を崩すしかないようだ。


「………あれ? お札、0枚?」


 ………お、おかしいな。財布の中には6000円ちょうど入ってたはず。なぜ220円しか入っていない?


 すると、脳内にある記憶が蘇る………。


 スーパーで食材を調達する俺の姿………それを思い出した時、俺は財布に入れておいたレシートを取り出し確認する。


「しまった………昨日の買い物で5640円使って、今日はコンビニでココア140円使ったんだ。お札、補充してるつもりでいたわ………」


 なんたる失態。お金を補充し忘れた事で、コンポタージュを1本しか買えない。温かい飲み物はこの中だとコーンポタージュが一番安い。


 冷たい飲み物なら、100円の物があるが、体が冷えてるのに冷たい飲み物なんて飲みたくねぇ!


 仕方ない。マトイの分だけ買って行くとしよう。温かい飲み物は、家に帰ってからのお楽しみと言う事で………。


 俺は120円を自動販売機の中に入れ、コーンポタージュを1本買う。


 ガタンッとコーンポタージュが出てくると、取り出し口から購入したコーンポタージュを取り出す。缶から伝わってくる暖かさ………なんて心地良いんだ。


「いかん! マトイが寒がってるんだ。コーンポタージュを冷ます訳にはいかぬ」


 財布を再びポケットに入れて、折り畳み傘を持ち、コーンポタージュの温もりをエネルギーにして、その場を後にする。


☆☆☆


「ミズキ………行っちゃった」


 曲がり角を真っ直ぐ進んで行ったミズキは、校舎によって遮られ見えなくなってしまう。


 自動販売機の場所は分かるけど、いくら近いからって、こんな大雨の中行くなんて危な過ぎる………。風だって吹いてるのに。


 それに、ミズキはブレザーを着ていない状態。最も体温が奪われやすい状態なのに………どうして急に飲み物なんて買いに行くの………。


「私、水筒持ってるから………冷たいけど、喉が渇いたなら飲ませてあげるのに」


 私は、ミズキから貰ったブレザーをギュッと握る。


「………マトイ」

「………!」


 すると、ミズキが必死に折り畳み傘を持ちながら戻って来た。折り畳み傘でお腹から上はある程度守れてはいるみたい。


 だけど、腰から下はさらに濡れていた。


「ミズキ………また濡れて………」


 私はすっかりミズキの事を普通に呼んでしまっている。


「ほらっ、これ飲め。冷めねぇ内に」

「………えっ?」


 ミズキが私に差し出したのは、1本のコーンポタージュ。私はそれを受け取ると、手のひらから暖かい熱が伝わってくる。


 もしかして、私にこれを飲ませる為に、大雨の中買いに行ったの………?


「あれ? ミズキ、自分の分は………?」


 コーンポタージュを受け取ったのはいいけど、ミズキの手元には何も無かった。ポケットにも飲み物のような形をした物は入っていないみたい。


 するとミズキが答える。


「金無かったから、1本しか買えなかった。気にしなくていい。お前が飲め」


 ミズキは私に背中を向けながらそう言う。


「そ、そんな、飲めないよ………ミズキのお金でミズキが買ってきた物なんだから、ミズキが飲むべきだよ………! だってミズキ………ブレザーも着てないし………」


 私はミズキにコーンポタージュを返そうと差し出す。しかし、ミズキは受け取ってくれる気配が全くない。


「いいんだ。俺が飲めって言ってるんだ。気にするな」

「でも………!」

「いいから。お前の為に買ってきたんだ。飲んでくれねぇと、買いに行った意味がないだろ」

「……………」


 私は両手で握るコーンポタージュを見つめる。そして、私に背中を向けて大雨を眺めるミズキにも、視線を向けた。


 そこまでして私の事を気にしてくれてる………すごく嬉しい。けれど、それでミズキが体調を崩したら、それこそ意味がないと思う。


「……………」


 だから私は、コーンポタージュをカチッと開けて、温かいコーンポタージュを喉に流し込む。


 食道を通って、胃から体全体が暖まるのを感じる。


 そして、缶の半分までコーンポタージュを飲んだ私は、白い湯気がうっすらと出るコーンポタージュを持って、ミズキの隣まで歩み寄る。


 そして、手に持ったコーンポタージュをミズキの前に差し出した。


「はいっ、半分飲んだよ。残りは………ミズキが飲んで?」

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