第2章 同棲に喧嘩は付きもの

第32話 油断は禁物

 マトイが呼んでくれた迎えによって、びしょ濡れの状態ではあるが互いに帰宅する事が出来た。


 家に入ると、まずは濡れた制服を脱いで乾いたタオルで全身を拭いた後、普段着に着替える。もちろん、俺とマトイで着替える場所は別々だ。


 濡れた制服や下着をそのまま洗濯機にぶち込み、俺が洗濯機をセットしている間、マトイがお風呂を沸かし始めた。


 そして現在、リビングのソファでホットココアを飲んで体を温めつつ、テレビでニュースを見ながらお風呂が沸くのを待機しているところだ。


「………思いのほか、冷えるな。暖房つけるか」


 濡れたせいで体温がだいぶ奪われ、大雨だからか、部屋がとても冷えている。


 テーブルの上からエアコンのリモコンを持って、リモコンの先端をエアコンに向けながら暖房のボタンを押す。


 するとエアコンが起動し、しばらくすると暖かい風がリビング内を巡回し始める。


「ミズキ、着替えの用意しといたよっ」

「おう、サンキュー」


 お風呂上がりに着る服の準備をしてくれていたマトイがリビングに戻ってくる。


 服を2着一気に使うのは勿体ないし、後々洗濯の量が増える。だからと言って、今着ている服を再度着るのはちょっと嫌だ。


 マトイが家に来てから、マトイが洗濯をやってくれているから、手間を増やしてしまうのは申し訳なく思う。


「あっ、私の分も準備してくれてるんだ! ありがとっ、ミズキっ」

「おう」


 リビングに戻ってきたマトイは、そのままキッチンへと向かい、自分用のココアを作り始める。

 とは言っても、お湯は俺が作った残りがあるし、マトイ用にコップの中にはすでにココアパウダーを入れてある。


 つまり、お湯を注ぐだけって事だ。


 湯気を放つホットココア入りのコップを持ち、俺の隣まで移動してくるマトイ。ソファに腰を下ろすと、温かいココアを口の中へと流し込む。


「はぁ~っ、美味しっ」


 マトイの表情が緩くなる。


『なお、対象の地域では夜から深夜にかけて落雷の恐れもあります。不要不急の外出をせず、家の中で待機するようにしてください』


「俺らの居る所、落雷の対象地域に入ってるな。今夜はなかなか寝付けそうにないな」


 テレビに表示された落雷の恐れがある対象地域を見ると、俺達の住んでる場所がバッチリと対象内だった。しかも、要注意の表示まてされてある。


 これがまた夜から深夜ってのが実にイヤらしい。ちょうど寝ようとしているタイミングで雷が落ちるんだ。うるさくて寝るどころじゃない。


「………雷」


 隣で一緒にニュースを見るマトイが、そうボソッと呟いた。


 そう言えば、マトイは幼少期の頃から雷が異常なほどに苦手だったな。寝る時とか、雷が落ちた時の光と音に、俺にしがみつきながら布団に潜って泣いていた。


「なんだ? もう高校生なのに、まだ雷が怖いのかよ?」

「だ、だって………怖いものは………いつになっても怖いんだもん」


 おいおい、まだお昼にもなってないのに、今にでも涙が出てきそうなくらい声が震えてるじゃないか。


 この地点で泣きそうな感じになっているのだがら、こりゃあ夜になったらどうなる事か。


「頼むから、子供の頃みたいに涙でパジャマをびしょ濡れにするのだけは勘弁してくれよ」

「わ、分かってるよ………もう子供じゃないんだから」

「にしては、今にでも泣きそうな雰囲気ではあるがな」


 そうこう話していると、『お風呂が沸きました』と言うアナウンスが流れてきた。


「おっ、風呂沸いたっぽいな。マトイ、先に入っておいで。俺は後でい………」

「嫌だ」


 まだ言い切ってないのに、マトイは途中で俺の言葉をキッパリと遮断する。


「後が良かったか? なら、先に俺が………」

「私も一緒に入る」

「………え?」


 ソファから立ち上がった俺。だが、それとほぼ同じタイミングでマトイもソファから立ち上がる。そして、マトイは俺の腕をギュッと握る。


「いや、さすがに狭いし………もう子供じゃねぇんだから………俺達」

「関係ないっ、ミズキと一緒に入るの! 車の中でも言ったでしょ!」

「いやまぁ、確かに言ってはいたけど、俺は一緒に入るとは言った覚えないぞ」


 マトイが腕を握る力を強くする。まるで『逃がさない』と言っているかのように。


「ほら、お互いまだ完全に体が温まった訳じゃないでしょ? 風邪を引いちゃう! だから一緒に入って、少しでも早くお互いに体を温めなくちゃ」

「あぁ………おい!? 引っ張るなって!」

「着替えは準備してるから、早く行くよっ!」


 俺は強引に腕を引っ張られ、マトイに脱衣部屋まで連れて行かれる。


「じゃ、ミズキが先に入って! 私は、ミズキの後からバスタオル巻いて入るから」

「はいはい」


 マトイにそう言われ、俺は先に脱衣部屋に入る。そして、扉をスライドさせて閉めた。


 その時、俺はカチッとロックを掛けた。


「あっ!? 鍵閉めたなぁっ!?」


 マトイは必死に扉をガチャガチャと開けようとするが、すでに鍵が掛かっているから開くはずもない。


 ガチャガチャと扉がうるさいが、これで心置きなく湯船に浸かれる。マトイには申し訳ないが、出来るだけすぐ上がってくるから、少し待っていてもらおう。


 俺はさっさと服を脱ぎ、浴室へと入った。


 一方、鍵を掛けられてしまったマトイはと言うと………。


「むぅ………。ふふっ、こう言う事もあろうかと、準備しておいて正解だった♪ 1円玉っ♪」


 マトイは自分のポケットから1円玉を1枚取り出す。


 この扉の鍵は、外から見ると小さな『-(マイナス)』の形の穴があるのだ。そこに、1円を横にする事で、少しだけ穴の中に1円玉が食い込むのだ。


 マトイは力いっぱい1円玉を押さえながら、左にゆっくりと回転させる。すると………ガチャッと鍵が開いてしまったではないか。


「フッフッフッ………すでにこの扉は研究済みなのよ♪ さぁ、ミズキ! 待っててねっ! 今からそっち行くから!」


 先程までの泣きそう雰囲気はとっくに無くなり、マトイは脱衣部屋に入って服を脱ぎ始めた。

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