第11話 鎧騎士はギルドナイトになる
キノコの緑光に照らされた森のダンジョンで、私はミラの指示を受けて魔物と戦っている。
ダンジョン自体は最初のままだが、魔物はミラの調整によってすっかり姿が変わっており、四肢は短く、鋭い爪は丸く、突き出ていた鼻は低く、尖っていた耳は垂れ、極めつけにパッチリとしたまん丸おめめで、こちらを見つめてくる。
その姿は水色のオオカミから……水色の毛玉に変わっていた。
水色の毛玉は水鉄砲を口から吹いてくる。
思わず水鉄砲を手のひらで受け止めると、体が勝手に動き出し、水を槍に変換して投げ返す。水の槍を受けた毛玉は一撃で消えてしまった。
――やってしまった!
調整しても行動までは分からないので、様子を見るように言われていたのだが、水鉄砲を食らいたくなくて、手のひらカウンターに頼ってしまった。
「少し弱く調整しすぎましたね。キリも良いので一旦休憩しましょう」
何やら紙に書き込んで小首を傾けたミラは、腰から短杖を抜くと、その場にキノコのテーブルセットを生やし、私に緑のキノコ椅子を勧めてくれる。
私はコロコロと転がってきた新たな毛玉を速攻の掴みマジックボルトで消した後、片手をあげて了承の意を示しながら、勧められたキノコ椅子に腰掛けた。
――キノコの弾力がクッションになっていて良い感じだ。
「自信作です。後で想定される周回路にいくつか設置しておきましょうか。どうぞ騎士さん」
言いながらミラは赤いテーブルキノコに木製の水筒を置き、何の準備もしていない私に分けてくれた。水筒が置かれたときに硬質な音がしたので、どうやらテーブルのキノコは椅子のキノコと違い硬いらしい。
――ありがたい!
彼女の名案に、首を縦に振って賛成の意を示した私は、水筒のフタを開けてアリシアがどこからか買ってきてくれたマイストローを刺すと、兜の隙間に通して吸い出した。
――これは……周回食だ!
「夜食です。調整は体が資本ですからね」
周回食の爽やかな風味に、オオカミが毛玉になるまでの軌跡が思い浮かんでは消えていく。
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一度目の調整では大胆にも全てのオオカミを一つに纏めてしまったらしく、立木を雑草扱いする巨大なオオカミと戦う羽目になった。
ミラ曰く効率的らしいが、彼女が馬を盾にしてくれなければ滝のような水流ブレスで押し流されていたと思う。
その他にも調整に失敗してオオカミの描かれたボードに追いかけ回されたり、ゲル状になったオオカミが地面から染み出してきたりと、ダンジョンの調整は危険がいっぱいだ。
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「周回食はダンジョン内で気軽に食べられるものをと、開発された料理なのです」
豆知識を教えてくれるミラの声で回想から帰ってきた私は、手元の水筒を見て頷いた。てっきり周回するようにお代わりするから、周回食だと思っていた。
鞄からもう一つ木製の水筒を取り出した彼女は、魔力酔い止め薬を嫌そうに睨みつつ飲み干すと、口直しをするように水筒の方に口を付ける。
――苦い酔い止め薬の味を押し流すために、爽やかな味付けになっているのか!
「そうですね。酔い止め薬を単体で飲むよりは、ずっとマシです」
いくらか穏やかな表情で言葉尻を強調したミラは、鞄から周回で集めたナイフやポーション、魔石を赤いキノコテーブルの上に並べていく。
――収穫を確認するのだろうか?
「お金よりも良い物を用意すると言いましたね? 休憩ついでに用意しようかと」
一本の宝箱から出てきたナイフを手に取ったミラは、もう片手に持った短杖を突きつけた。
――何をするのだろうか?
次の瞬間、ナイフは真っ白な光を放ち消え去ってしまった。
――消えた!?
「んふふ、いいえ、コレに変えたのです」
驚く私の反応に満足したらしい彼女は、手のひらを開き握っていた物を見せてくれる。
手のひらの上には光を受けて虹色に輝く石が乗っていた。
――それは?
「魔法石です。色々な願い事を叶えることが出来ます」
今の私にとっての願いといえば……。
――呪いが解けるのだろうか?
「そこまでの力はありませんが……『魔法石よ! この者の鎧を直したまえ!』」
ミラが私を指さしつつ手のひらの魔法石に命じると、彼女に目的を与えられた虹色の石は光り輝きながら宙を浮き、私の目前まで飛んできた。
――なんだ!?
「んふふ、ご安心を危害は加えません」
つい椅子から飛び退いた私をミラが静止した瞬間、宙を浮いていた魔法石は、一際強く光り輝く。
光が収まると、魔法石は消えて無くなっていた。
――落ちてしまったのだろうか?
「いいえ、手を見てください」
人騒がせな石を探すために足下を見ていると、同じく椅子から立ち上がったミラが促してくるので、言われるがままに手を見てみる。
――驚いた! ガントレットが綺麗になっている!
「清潔さはダンジョンに入れば問題ないですが、鎧はボロボロになってしまいます。調整を手伝ってくれるなら、毎回直しますよ?」
元々薄汚れていたが更に戦闘で傷つき、受け損ねた攻撃でヘコんでいたガントレットは、新品のようにピカピカになっていた。
――これは、ありがたい!
鎧がピカピカになったことで、心まで晴れやかになったようだ。調子が良いぞ。
「んふぁ……。活力剤の効力が切れたみたいです。今日の所は、ここまでにしましょう。 新たなる
腕をぶんぶん振り回して調子を確かめていると、大きなあくびをしたミラが眠そうな顔でこちらを見ている。呼び名から候補が取れているということは……。
――合格ということで良いのだろうか?
「もちろんです。今後ともよろしくお願いしますね?」
彼女の満足そうな様子からして良い評価を得たようだ。鎧を着たまま修理してもらえるのは大変に助かるので、こちらとしても願ったり叶ったりだ。
胸に手を当てることで最敬礼し、了承の意を示す。
私の反応に大きく頷いたミラは、鞄に空の水筒を放り込むと短杖を片手に歩き出した。
「さて、街の隠し出口が見つかると面倒です。人が起きてくる前に帰りましょう。ふぁ……」
――大丈夫か?
フラリフラリと頼りない足取りの彼女を心配しつつ、緑光に照らされた森のダンジョンから立ち去る。
ダンジョン内の昼夜は外と連動しているみたいで、枝葉に縁取られた夜空が明かりにじんわりと侵食され始めていた。
もう夜明けだ。
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