第16話 鎧騎士は乗車する
私たちはアリシアの操る魔法の船に乗り、湖側から見るノールの街に感動したり、厳重な二重の水門で謎の光を浴びたりした後、大きな川を勢いよく下っている。
飛び散る水と一緒に小魚がピチピチと飛び跳ねるので、それを狙った鳥たちが船と併走飛行し、ちょっとした鳥の群れと一緒に川下りだ。鳥たちは時々甲板に跳ねている魚を捕まえて食べている。
――速いな!
出発したときに分かっていたが、ギルドボートは魔法の力で動く船らしく、漕がなくても凄い速度で進むので快適だ。
操縦席に乗るアリシアは流れるブロンドの髪を抑えつつ、清々しそうに笑っている。ホーネットと私は前後の甲板で船の手すりにつかまり警戒だ。
なぜ警戒しているのかといえば……。
警戒理由の来訪に気が付いた鳥たちが一斉に空へ逃げ出し、アリシアが声を上げた。
「前から来たわ! 正面から小型一体、ホーネット!」
青い目を細めたアリシアが船の加速を止め、操縦席にくくり付けられた鞘からレイピアを抜くと、魚に手足の生えたような魔物が飛び込んできた。
――奴が私たちが警戒していた理由だ!
「任せろ! 毒よ、侵せ!【ポイズン】 とう!」
空中に居る魔物に対し、毒の魔法で空中に緑の液体を出現させたホーネットは、その液体に抜き打ちのショートソードを潜らせつつ、迎撃した。
「仕留めるわ!」
「あいよ! 流石は師匠直伝の魔法剣、よく効くぜ!」
緑の液体濡れとなったショートソードで打たれた魚人の魔物は、白い煙を上げつつのたうち回りながら船を転がり、レイピアを構えて一足飛びで接近したアリシアからの追撃突きで消えていく。
ホーネットの一撃、即効で毒が回っていたが……。
――毒を直接切りつけたからだろうか?
後には魔物であった証の赤い石、魔石が残された。
川ではこうしてどこかのダンジョンで溢れた魔物が襲ってくるので、警戒が必要なのだ。二重の水門は街に魔物が入らないようにするための対策らしい。
空で様子を見ていた鳥たちは、戦闘が終わったと理解したのか戻ってきて船の手すりで羽休めをはじめた。いい気な物である。
「頻繁に魔物の襲撃があるわね!」
「外でなら、絶好調なんだがなぁ……」
操縦席に括り付けられた大きめの鞘にレイピアを挿し直したアリシアは、楽しげに船の操作を再開した。
――ちょっとしたトラブルも楽しんでいるのだろうか?
魔法効果が終わり剣から緑の液体が消えるのを見届けたホーネットは、ぼやきながら剣を鞘に戻しつつ、手をふりふり甲板に転がった赤い石を回収して鞄に放り込む。
体が出来ていないから積極的に戦闘はしないと言っていた彼女だが、身を守るためだと言って剣を振るってくれている。
道中で聞いた話によれば、体が出来ていないとダンジョンの加護が効き辛くなるらしい。
――ダンジョン内では、無理をさせないようにした方が良いと思う。
しかし、そういった下駄を履かなくても、幼くして敵と戦える彼女は凄い子なのだろう。ミラが言うところの将来有望な冒険者という奴に違いない。
「浅い支流に入るから、魚人の襲撃は止むわ」
「あいよ! 一応酔い止めを飲んどくか……苦手なんだよな……」
将来有望な冒険者でも苦いものは苦手なのか、苦そうに顔をしかめるホーネット。彼女を眺めていると、アリシアの操船で大きく回り込んだ船は、大きな川から枝分かれした小さな川に侵入し、流れに逆らって進みはじめる。
羽休めしていた鳥たちは、しばらくすると興味を失ったように飛び去っていった。魚を巻き上げなくなったので用済みということだろう。
船は川の流れを逆流しても、余裕そうにぐんぐん進む。
小さな川でかなりの速度を出しているが、きっと小型の船だからこそだ。
思わぬ小船の利点に驚いていると、すぐに目的の村が見えてきた。
依頼の村は、ダンジョン資源を運び出しやすくするために、船での物資輸送に特化した水辺の村なので、船で来ると本当に早い。村人は避難して無人という話だが……。
「話に聞いたとおり大物がいるわね! ミラを信じて試してみましょうか!」
「はー! あんな大きさで低級の魔物なのかよ! ダメだったら魔法で援護くらいはするぜ」
人の気配のない村には、家みたいな大きさの魔物が伏せていた。
その手足はなく、代わりに太くて黒い四つの車輪で巨体を支えているみたいだ。
その身体は四角く、耳に似せた出っ張りや手足に見えるモノが表面に描かれている。
特に特徴的なのは全周を囲っているガラスだろうか、内部には座席と思われるモノが並び、一見獣に似せた乗り物にも見えるが……。
――思い出されるのは、ミラが調整に失敗した魔物だ!
その魔物の全身には、あらゆる場所に小さな目が並べられており、キョロキョロと周囲を見回している。幸い目は悪いみたいで、こちらを認識していない。
船上で聞いた話だと、情報を調べたミラから必勝の策を授けられているというアリシア。自信ありげな彼女はごそごそと腰のポーチをかき回すと、中からシワの付いたかぶり物を取りだし、頭に装着した。ミラから授かったという必勝の装具だ。
アリシアの装着したボロいかぶり物には、動物の耳のようなものが余分に付けられており、今の彼女の姿は動物の仮装をしている少女といった感じだ。
――本当にこんなので魔物の対処になるのだろうか?
運転席にくくり付けられたレイピア入りの大剣の鞘を外して背負ったアリシアは、メモを片手に案内する様に振る舞いながら、ミラから授けられたという必勝の言葉で魔物の興味を引いた。
「あちらの魔物が、当園の移動手段です!」
宿屋の娘としての技能なのか、ハキハキとした大きな声で必勝の言葉を紡いだアリシアは、船を川の上で静止させる絶妙な操作をしつつ、魔物の反応を見ている。
魔物は地響きを立てるような叫びをあげながら、四本の車輪を器用に動かして檻状の横腹をこちらに見せると停止、こめかみ辺りにあるエラのような場所を開いてみせた。
――成功だ!
この魔物が出てきたダンジョン、何を思ったか迷宮調整士が魔物を一般の人に見て貰う為に調整した場所らしく、一部の魔物が一定の格好をした者の言葉に従うのだ。
恐らくは、ガイド役の者に害が及ぶので実行はされなかったのだろう。
――魔物を操るだなんて迷宮調整士みたいだからな!
この作戦は溢れた魔物の特徴にピンときたミラが思いついた少しズルイ作戦なのだ。持つべき者は物知りな友である。
誰かが見ているわけでも無いのに、ついつい周囲を見回してしまう。
私が周辺を警戒している間にアリシアの操る船は村の船着き場に到着して停船。ジャラジャラと音を立ててイカリを降ろしたみたいだ。
「行きましょ! ミラの話が正しければ、あの魔物の中に乗れば馬車みたいにダンジョンまで連れて行ってくれるはずよ!」
「まさか、自分から魔物の腹に飛び込む事になるなんてな……」
獣耳のかぶり物をしたアリシアは船から鍵を抜くと、大人しくなっている魔物へ元気よく駆け出した。
げんなりした様子のホーネットは文句を言いつつ、その後について行く。
ゴクリとつばを飲み込んだ私も、手のひらで触ってしまわないように両手で握りこぶしを作りつつ、二人の後を追う。
アレは物ではなく魔物なので、私が触れてはいけないのだ……。
――色々と台無しになってしまう!
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