第15話 鎧騎士は乗船する

 アリシアとホーネットの先導で、湖に幾つもかけられた大きな桟橋の一つを歩いている。


 桟橋は上側の二本の桟橋で下側の一本の桟橋を挟んだ二重構造になっており、私たちの歩いている上側には大きな船が横付けされている。上側の桟橋同士をつなぐ接続橋から階段で下側の桟橋に行ける構造だ。

 大きな船から板を縄でつなぎ合わせた簡易の橋が桟橋に架かり、人が行き来している。


 ――船乗りだろうか?


 私たちの目的であるギルドボートは階段で降りた下側に停泊しているらしく、大きな船を横目に二人の先導で接続橋にある階段を降りていくと、下側の桟橋は小さな桟橋が付け足されており、その先に大量の小船が停泊している。

 上側の桟橋を支える柱の周りには、椅子やテーブルの並べられた寛げそうなスペースが作られていて上側の桟橋を屋根代わりにしているのだろう。


 ――桟橋の上側は大した物がなくさっぱりしているが、下側は沢山の小船と雑貨で溢れており、雑多な感じだ。


「ギルドボートの船着き場はこっちだぜ!」


「ええと……あたし達の乗る船は、シルバーの23と……あれね!」


 元気に赤毛を跳ねさせながらホーネットが指し示した船着き場にも、たくさんの船が停泊していた。ギルドボートの船着き場に並ぶ船は白色、黄色、灰色と分かりやすく色分けされている。シルバーはきっと一番小さめな灰色の船だ。

 アリシアは船体の色と書かれた数字を見比べ、すぐに私たちの乗る船を見つけてくれた。

 船は中心に少し高く作られた運転席と思われる場所と、前後の甲板で構成された単純な物で、人二人が何とかすれ違える程度の幅しかない。


 ――おお! 小さな船だな!


 上側に横付けされていた船を思うと、まるで模型のように小さな船だが、木製の甲板がピカピカに磨かれているので、大事に使われているのを感じる。


 私たちが船を眺めていると、船の一つから一人の男性が出てきて開いた手帳に何かを書き込みながら、私たちに聞いてくる。

 男性はミラの着ていた冒険者ギルド受付嬢の制服と、似た印象の服を着ているので冒険者ギルドの職員だろうか。


「鎧と少女の二人組……と補佐一人、ギルドボートのご利用ですか?」


「そうよ!」


「私はギルドボートの船守をしているロイドという者です。チケットを見せてください」


「はい、これ」


 アリシアがチケットを渡すと、船守を名乗ったロイドという男は、鍵束から銀色の鍵を取り出して一部を千切ったチケットと一緒に渡してくる。


 ――船守というのは船の管理者なのだろうか?


「確認しました。こちらが鍵です。船を沈没させたりして紛失した場合は、金貨二枚の罰金がありますのでお気を付けて。あと、大事に使ってください。無事の帰還をお祈りしています」


「大丈夫よ! 操船講習で『船を大事にしよう』ってキッチリと聞いてるから!」


 自信満々なアリシアの様子に苦笑したロイドは、細かい注意事項を一言二言告げると、無事を祈る言葉と共に船へ戻っていった。


 ――金貨二枚とはまた凄い額だな!?


 金貨二枚といえば、ダンジョンを周回して何とか手に入れた良いOPの魔法武器の買取額より高額だ。中古の船を失ってこれなら自分で船を持とうとしたら、もっと高くついてしまうだろう。


 罰金の高さも気になるが、どうやらアリシアは船も動かせるらしい。鍵開けの時も思ったが本当に多才だ。彼女の高い観察力のおかげなのだろうか。


 感心して腕組みしながら頷いていると、緑の目をキラキラさせたホーネットが私の様子に気が付き、ちょっと大げさな様子で教えてくれる。


「後輩殿もアリシア大先生の凄さがわかるか! 大先生は半分マスター出来れば上等な冒険者ギルドの基本講習を半年で全部マスターした凄いお方だからな! どんな武器も扱えて魔道具の扱いも得意なのだ!」


 ――それはすごいな! 私も先輩を飛ばして大先生と呼んだ方が良いだろうか?


 ホーネットのアリシア自慢に驚き内心での呼び名を変えるべきか迷っていると、少し顔を赤くしたアリシア大先生が鍵を片手に戻って来て黒リボンで抑えられた赤毛を軽く叩いた。


「ちょっと、ホーネット! 小さい子の前なら、仕方ないけど大先生はやめてって言ってるでしょ! 全部講習を合格するのがお父さんの出した冒険者になる条件だったから、意地でも全部やるしかなかったのよ!」


「いやいや、アリシア。後輩殿も小さい子みたいな反応をするので、つい……」


 アリシアのお父さんは、よっぽど彼女に冒険者になって欲しくはなかったらしい。小さい子とは心外だが、思えば小アリシア達に釣られてリアクションを大きくしすぎていた気がする。


「つい……じゃない! 後輩君は呪いで記憶もないから、変なことを教えないの!」


「マジかよ……。後輩殿、苦労してんな……。実は棒状のジャーキーを持ってきてるんだ。あー干し肉を細くした物なんだが、食うか?」


 ――いただこう!


 妙に優しい目でこちらを見ながら差し出された茶色い棒を受け取り、兜のスリットに慎重に通していただく。


 どうやら大先生という呼び名は、アリシアファンな見習い冒険者の子供達に配慮した呼び方だったらしい。私としては大先生と呼ぶべき凄さだと思うが、本人も嫌がっているし、今後も内心でアリシアと呼ばせて貰おう。


 それにしても、こんな細長い食べ物があるとは……。


 ――塩味が染み渡る!


 塩味に感動していると、同じく貰ったらしいアリシアが機嫌を直して船に乗り込んでいくので、ジャーキーをくわえたホーネットと一緒に追従して乗り込む。流石は彼女と長く付き合っている先達だ……。


 ――なんというべきか、用意が良いな!


 私が乗ったときに大きめに揺れたが、どうやら積載に余裕があるみたいで、大丈夫そうだ。船の上は、何だか飛び跳ねて滞空している時のような不思議な感じがする。


 もしかしたら、船にも何らかの魔法がかかっているのかもしれない。罰金額の高さの理由が分かってきたぞ……。


 ――この船は魔法の船だ!


 アリシアは操縦席の鍵穴に鍵を挿し、指さし確認をしながら色々といじっている。

 ホーネットと一緒にその様子を眺めていると、アリシアの号令と共にジャラジャラと鎖の音が鳴り、船が動き出した。


「船のイカリを上げるわ! 新たな船出よ!」


「おお! すげえぜ!」


 アリシアが何やら操作しつつ操縦席にある輪っかを回すと、面白いように船がぐいぐい動き、停泊している船達を避けながら進んでいく。

 その輪っかさばきは妙に素早く、微細な動きで、狭い桟橋の合間を縫い波に揺れる小舟達も次々に回避している。


 ――真似できる気がしないな!


 本人は仕方がなかったで済ましているが、お父さんも娘がこんな事をマスター出来るとは考えていなかったと思う。


 私たちの乗る船は、アリシアの操船で桟橋の下から抜け出し、朝日にキラキラ光る湖へ飛び出した。

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