幕間 火のダンジョンを周回する
第28話 鎧騎士は雷魔の一撃を見た
シーラを加えた私たちは、燃えさかる森のダンジョンを周回している。
彼女をパーティに加えてから十日ほどが経過した。
驚くべき事に、彼女は何も悪事を働くことなく冒険者生活を満喫中だ。
毎日、ダンジョンで稼いだお金を使い切る勢いで甘味を食べているのは気になるが、ミラから聞いた話では魔法を使えば太らなくなるらしいので問題は無いのだろう。もしかしたら、ストレスを甘味で吹き飛ばしているのかもしれない。
もう一つ気になるのは彼女は魔法を詠唱するとき、引っかかることが多いのだ。
疲れてしまっているのだろうか。もしかしたら魔法を詠唱するというのは、私が考えるよりも大変なのかもしれない。ミラからも調整士バレしないためには必要な事だと聞いている。
昼も夜もダンジョンへ行ってるシーラだが、私みたいに呪いで眠れない訳ではない普通の人間なので、疲れてしまうのは当然である。
今度、ミラに会ったら……。
――休ませてあげるように頼むべきだろうか?
最初はシーラが悪さをしないか見張っていたが、最近は間違えたりつっかえたりする頻度が段々と増えているので心配だ。
時には間違ったまま発動しているし、日を追うごとに魔法の詠唱が下手になっている気がする。その点はアリシアも心配しているので、一度は専門家に相談してみた方が良さそうだ。
「鎧ヤロー、敵よ。集中してよね。あー……我、天よりの裁きを」
そんなことを考えていたら、紫の目をジト目にしたシーラ本人に指摘されてしまった。初っぱなからつっかかりつつ、ゆっくりと詠唱を開始した彼女の周りに紫電が奔る。
確かにその通りだ。ワンパターンで慣れてしまうとはいえ、ダンジョン内で考え事は良くないな。
十回ほど周回したので慣れてしまった燃えさかる森。
しかし、それだけ周回しても慣れない存在がポツンと存在を主張している。
「全然擬態になっていないわ。この魔物、何を考えてるのかしら」
「司る者なり、ええと……敵を討つための力をこの手……この指先に宿したまえ」
それは燃えさかる森の中で、全く燃えていない木だ。
調整士の手によって見つけやすいように調整されてしまったのだろうが、見つけやすくしすぎてアリシアの言うとおり違和感がすごい。彼女がレイピアで突き刺せば、魔物は周囲の燃えさかる森と同じく一瞬燃え上がると、一撃で倒されてしまったのか炭化してから消えていき、後には小ぶりな魔石が残された。
この魔物、待機時も燃えていれば完璧な擬態なのだが、大真面目に生木の姿で待っているのだ。変なダンジョンだが、目当ての装備があるので周回している。
敵が倒されても詠唱をゆっくりと続けていたシーラの周りがスパークする。
「射かけるは雷の一矢! 【サンダーアロー】!」
そして彼女が指先を燃えさかる森の中へ向けると、制御された落雷が森の奥へ落とされ……奥の影に立っていた
どうやら詠唱が間に合っていないと思ったら、奥の魔物を狙っていたみたいだ。
「流石はシーラね! あんな奥の魔物を倒しちゃうなんて」
「そ、それほどでもあるわ! 赤毛ちゃん、回収してちょうだい」
「へいへい。赤毛ちゃんじゃ無くて、俺の名前はホーネットなんだけどさ」
一瞬、目を泳がせたシーラは胸を張ってアリシアの称賛に応えた。
何かをごまかすようにホーネットに魔石の回収を頼んでいるが……。
――何か気になることでもあったのだろうか?
結局その日は計二十回ほどの周回で、【炎剣】の魔法のついたレイピアが手に入った為、冒険者ギルドで精算をして解散することとなった。
#####
夜、私はいつもより早い時間に合流場所の公園に来ている。シーラの疲労を報告するためだ。
話を呪いで封じられている私でもミラ相手なら擬似的に話せるので、【マインドスキャン】様々である。
しかし報告をすればするほど、彼女の笑みが深くなっていく。
――何か問題があったのだろうか?
「んふふ、大丈夫です。続けてください。」
人一人居ない夜の公園にて、ミラの返答だけが独り言のようにぽつりぽつりと響く様子は、何故だろうか私の背筋をゾワゾワさせた。
――……だから、休ませた方が良い気がする。
「ふふふ、なるほど……良く……よーくわかりました。確かに彼女は疲れているみたいですね。私が直々にお話をしておきますから、ご安心ください」
ちょうど話の終わったタイミングで現れたのは、黒いローブを身にまとった紫髪の少女。シーラだ。
「鎧ヤローがこの私より早く来るなんて、珍しいじゃない」
普段は後から来る私が、先に来ていたのできょとんとした顔の彼女は、公園にある像の台座に飛び乗り足をプラプラとさせた。
「シーラさん、命令です。私の家で少しお話をしましょう」
そんな彼女は、ミラに首根っこをむんずと掴まれて持ち上げられると、抵抗も許されずに連れて行かれてしまった。もしかしたら詠唱ができないというのは、割と重傷だったのかもしれない。
「騎士さん、急用が出来ました」
――私も手伝った方が良いだろうか?
「シーラさん程度なら私でも一人で持って、連れて行けますから、大丈夫です」
――了解。
「はい……。え、え? もしかして……」
「話は私の家で聞きます。仕事は明日に回しますので、騎士さんはお帰りください」
何故かこちらに手を伸ばしてくるシーラ。
ミラに引きずられて連行される彼女の手は、震えているようにも見える。
珍しくシーラが私に頼ってきてくれているので応えたくはあるが、魔法についてはどうにもできない。
せめて手を振ることで別れの意を表明し、普段よりも早く宿へ帰る。しかし……。
――困ったな。今夜は何をして過ごそうか?
後日、シーラが詠唱をそれっぽく引き延ばしてサボっていただけだと知った私は、彼女に対して同情するのだけはやめようと心に刻んだ。どうりで引っかかったりするはずである。
ミラの話だと、本当は後半の詠唱で十分発動するのに、オリジナルの詠唱を継ぎ足していたらしい。どうやらシーラは余らせた魔力で、支配の魔法に抵抗していたみたいだ。
初めて会った時に分かっていたが、とんでもない奴だと思う……。
――彼女は本当に更生できるのだろうか?
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