第8話 鎧騎士は眠れない

 夜番の受付嬢がカウンターの奥で船をこいでいる深い夜、冒険者ギルド内にあるテーブル席の一つに座り、何度目かの水のおかわりを注ごうとしていた私は、背後から声をかけられた。


「こんばんは。アリシアの後輩さん」


 ――この声は……知っている声だ。


 振り返ってみると、私に声をかけてきたのは、短杖を手に持ちフード付きの黒いローブを身に纏ったミラだった。目立つ金色の髪はフードに収まっている。


「あなたに提案があるのです」


 フードを目深に被った彼女は、私にニコニコと受付の時と同じ笑みで怪しげな提案をしてきた。


「夜間のダンジョン周回に、興味はありませんか?」


 当然、私は二つ返事で怪しげな提案に飛びつく。


 ――退屈で死にそうだったのだ。


 #####


 月明かりに照らされた深夜の草原を駆けている。


 水で構成された馬にまたがり先頭を疾走するミラは、慣れない服装に苦戦する私に振り返り話しかけてくる。どうやら本物の馬では無いので、手綱を握っている必要は無いらしい。


「貴方の受けている呪いは、この仕事にぴったりだと思います。夜間活動に苦い活力剤が不要なのはズルイです」


 彼女はその片手に握られた薬瓶を嫌そうに睨み付けている。街を出る時に、とても苦そうな顔で一気飲みしていた奴だ。

 

 ――まさか、ミラがこんな仕事をしているとは思わなかった。


「知られてしまうと、他の街からアサシンが送られてきますからね。秘密のお仕事です」


 現在、私が強く思った事は、彼女の魔法【マインドスキャン】により、筒抜けになっている。だが内心を覗かれる恥ずかしさより、会話出来ることに心躍る。


 ――ミラは魔法使いだったのだ!


「ダンジョンの調整には魔法の知識が必須ですから、迷宮調整士は同時に優れた魔法使いでもあります。バレるわけにはいかないので、折角練習したのに普段は全く使えないですが!」


 私がつい強く思った事に対しても律儀に返事をしてくれたミラは、鬱憤を晴らすように言葉尻を強調した後、手に持った金色に輝く鍵束を振ってみせた。


 彼女の仕事は各地に現れるダンジョンの調整らしい。


 ミラが言うにはダンジョンは百年前に破滅した魔導文明の残骸であり、そのままだと物資の回収や探索がとても難しい。


 調整というのは、ミラの持つ鍵型の魔道具『ダンジョンキー』を使い魔導文明の残骸を攻略可能なダンジョンに変えることなのだ。


 ――良いことをしてるのに、なんで命を狙われるのだろう?


「それは資源の取り合いですね。無限にも見えるダンジョンですが、所詮は文明の残骸。いずれは尽きてしまいます。有限な資源を回収しやすくする私たち迷宮調整士は、敵対する都市にとっては居なくなって欲しい人材なのです。しっかり守ってくださいね?」


 私がその命を狙われる迷宮調整士ミラと一緒に夜の草原を駆けている理由は、冒険者登録時の解析と【マインドスキャン】で彼女に目を付けられていたからだ。


 どうやら過去の記憶と経歴が全くない上に呪いで喋れない私は、彼女のお眼鏡にかなってしまったらしい。


「ダンジョン調整は試運転も含みますので、頼りにしていますよ? 新たな迷宮騎士ギルドナイト候補さん?」


 ――こうして夜の時間を潰せるのは大歓迎だ!


 暇すぎる夜の時間を潰せるのは本当に助かる。昼の間は何かしらアリシアが騒いでいたので、一人の夜は本当に暇だったのだ。


 迷宮調整士に選ばれた護衛は迷宮騎士やギルドナイトと呼ばれるそうで、彼女から目を付けられた私はその候補だ。ナイトと呼ばれると、何故か誇らしさを感じるので、もしかしたら記憶を失う前の私は、そういった呼ばれ方をしていたのかもしれない。


 しばらく、月光を反射して青く輝き風に揺れる草原を二人で駆けていると、白色に光り輝く場所を見つけた。


 その場所に近づいたミラはフードを上げて金色の髪を開放し、その青い目で白い光が暴力的に渦巻いている場所を睨みつけながら指し示す。


「今日はあそこの魔力が小さいダンジョンを調整します。貴方の腕試しですね」


 水の馬から降り、鍵束から一本のダンジョンキーを引き抜いた彼女は、腰から短杖を抜くとユラユラと揺らしはじめた。


 彼女の動きに釣られるように白い光は集まり、捏ねられ、形を整えられていく。


 数秒もしないうちに光は、地面にめり込んだ球状にまとめられた。


「楽勝です! それ!」


 まとめられた光は何とか広がろうと足掻いているようにも見えたが、そこにニヤリとしたミラがダンジョンキーを突っ込み回すと一際強く発光して動かなくなり、見覚えのある魔法陣へ姿を変えた。


 ――ダンジョンの入り口や宝物庫にあった魔法陣だ!


「その通り! この出入り口の魔法陣や簡単に開けられる宝物庫は、ダンジョンキーの力です。手を加えていない魔導文明の残骸というのは、知識ある魔法使いが同伴でないと出入り不能な上、常に内部の構造が変わってしまう危険地帯なのですが、ダンジョンキーの力で内部構造も固定されています!」


 ダンジョンについて語り出すと早口になるミラの説明に耳を傾けつつ、軽く体をひねったりしてアリシアから教えて貰った準備運動をする。


 これから、夜のダンジョン攻略の始まりだ!


 しかし、身体をひねるたびに嫌な音をさせる黒いローブの有り様に、つい思ってしまった。


 ――このローブはもう少し、何とかならなかったのだろうか……?


「私の予備で申し訳ないです。足がつかないように手作りなので……。今度、貴方の分も大きめに作っておきますね」


 ミラに仕事着として着るように渡されたお揃いの黒ローブは、鎧姿の私には少々きつかったのだ。



――あとがき――


 暇していた鎧騎士はミラの誘いに飛びつきました。眠れずに暇を潰し続けるのは辛かったみたいですね。

 ここで裏話を……。

 アリシアのレンズと違いギルドの解析では様々なことが調べられるのですが、について呪われた鎧騎士はあり得ない数値を示したのでミラに目を付けられました。


 次回は迷宮調整士ミラと一緒に、夜のダンジョン攻略です。


 ――あとがきのあとがき――


 せっかくなので、カクヨム様の豆知識をお一つ……。

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