第7話 鎧騎士は安心した
冒険者ギルドのチカチカ光る受付カウンターを挟んで立っているミラは、ニコニコと私達を評価した。
「初回から周回する人は珍しいので、お二人とも将来有望な新人ですよ!」
「周回する人は珍しい?」
――周回する人は珍しい?
高く評価してくれているみたいだが、初日にして無心で周回していた私たちは、顔を見合わせる。
こちらの様子を見たミラは、初回から周回する者が珍しい理由を教えてくれた。
「不思議そうな顔をしていますね。周回には戦いの適性が必要なのです」
「えっ? まっすぐ行って倒すだけじゃない?」
私としては口元に指を当てているアリシアの言うとおりだと思うが、笑みを深めたミラの意見は違うらしい。
「それが戦いの適性なのです。普通は魔物にまっすぐ近づくのは怖いですから」
「そうだったの? 適性があるなんて流石はあたしね!」
どうやら、何度もダンジョンを周回した結果、周回の適性が証明されたみたいだ。
あまりよく分かっていなさそうなアリシアだが、彼女は他にもダンジョンの周回中に敵の奇襲に気が付いたり、私の小さな動作から内心を読み取ったりと、かなりの勘の良さを発揮していた。
――あの勘の良さも戦いに有利だと思う。
「ちょっと軽食を頼みますね。将来有望な冒険者相手なら、ある程度のサービスは許されているのです。それに私も食べられます!」
力強く最後の言葉を強調したミラがカウンターをなで回すと、すぐに黒と白の服を着た女性が、湯気の立ち上るパンの乗った皿と太いストローの刺さったグラスをこちらに持ってきてくれた。
他の受付カウンターで冒険者の様子を見ていた受付嬢の視線が、ウェイトレスを呼んだミラに集中する。
その視線を気にもしないで笑う彼女は、確かにダンジョンに一人で挑んでしまうアリシアの友人なのだろう。
「さて。街の門兵から軽く事情は聞いています。兜が外せないのは大変でしょうが、冒険者ギルドでは、こういった周回食を用意できますのでご安心を」
――食事が普通に食べられるのはありがたい!
道中でアリシアから分けて貰ったパンや水は、彼女の協力で細かくして振りかけて貰ったり、隙間から流し込んで貰ったりしたが、ほとんどまともに食べられず、辛い状況だったのだ。
――思えば、ダンジョンを周回すると汚れが消えるからと無茶をしたものである。
「門兵からって……知っていたのねミラ!」
「んふふ……アリシアが無事か気になっていたので、頼んでおいたのです」
隠していた自分の失態を知られていた事に、プルプルと震えながら顔を赤くするアリシア。
上機嫌そうなミラは無事だった友人をつまみに、湯気が立ち上るパンを美味しそうに頬張った。
香ばしい香りに食欲を刺激されたので、私も震えるアリシアを見物しつつ、出して貰った周回食とやらを堪能するとしよう。
グラスに入った透明でドロドロとした周回食は、太めのストローで吸い出せるようになっており、なんとかストローを兜の隙間に通した私は、ひと思いに吸い込んでみた。
――爽やかな味で、美味しいな!
魔力酔いの薬ぶりの飲食物の味は、身にしみる滋味があり、同時に水分も多く摂れている気がする。 喉を通り抜ける食感はつるりと良好で、わずかな水滴で流し込んだパンくずとは比較にならない。
――素晴らしい!
ひと吸いごとにグラスへ熱い視線を注いでいると、アリシアが私にとって重要なことをミラに聞いてくれた。
「そういえば、コイツが呪いで喋れないって話したわよね」
「ふふ……はい。覚えていますよ」
「コイツの呪いを解く方法って分かる?」
――この人からコイツに格下げされている!?
重要なことを聞いてくれるのは嬉しいが、どうやらアリシアが赤くなって震えているのを見物しつつ、周回食を堪能していたのがバレていたらしい。
――彼女の勘の良さを甘く見ていた!
なんとかアリシアの機嫌を良くするために、味わっていたのでまだ半分ほどある周回食を惜しいが彼女に献上する。
――これが今の私にとって最も価値ある物だ!
私がうやうやしく捧げた未使用のスプーンと周回食を微妙な顔で見比べていたアリシアだったが、何とか私の誠意が伝わったらしく受け取ってくれた。
私たちの和解をニコニコと見守っていたミラは、スプーンで周回食をすくったアリシアと、その様子をじっと見ている私に教えてくれた。
「ある程度の呪いなら冒険者ギルドの治療施設で解呪できますが、冒険者登録時に解析された鎧騎士さんにかかっている呪いは強力すぎて難しいですね」
「あっ、以外とコレ美味し……。ミラ、何か他に後輩くんの呪いを解く方法は無いの?」
「あります。ダンジョンです。ダンジョンで手に入る宝物の中には解呪の魔道具もありますので、強力な物を手に入れれば解呪可能です」
――なるほど!
いつまでも不便なまま鎧姿で過ごすことになるのかと不安だったが、呪いを解く方法があると分かって安心する。アリシアからの呼び名もコイツから後輩君に多分一つ飛ばしほど格上げされているので、無事に誠意は伝わったみたいだ。
食事は周回食があるし、飲み物もストローでいける。
――希望が見えてきた!
#####
冒険者ギルドのテーブル席で水の入ったストロー付きグラスを片手に持ち、私は途方に暮れていた。
アリシアが実家の宿屋に帰った後、私も見つけた宿屋で宿泊しようとしたのだが、不審者として追い払われてしまったのだ。
――夜中に全身鎧を着込み顔も見せない私は、よく考えると不審だ!
喋れない私は警備の者に怪しまれても弁明できないので、知っている唯一の場所に、そそくさと避難した訳である。
――冒険者ギルドなら鎧を着ていても、大丈夫だろう。
私と同じく、ここで夜を明かす冒険者は多いみたいで、みんなでイビキの合唱をしつつテーブルで寝ている。
冒険者達には毛布が掛けられており、この用意の良さからすると、ここで夜を明かすのは良くある事みたいだ。
気持ちよさそうに寝ている彼らを羨ましく思う。
――どうやら……私は呪いで眠れないみたいだ。
深夜でも冒険者達のイビキで賑わう冒険者ギルドで、眠れない私は途方に暮れていた。
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