第26話 鎧騎士は感謝される

 街の道沿いにあるテラス席にて。

 落ちたスプーンが食器にぶつかる耳障りな音と共に、彼女は転がり落ちるように席から離れつつ、私から距離をとった。


 真剣な様子のシーラは素早いバク転で更に距離を取ると、こちらの様子をじっと睨みつつ代金と思しき銀貨数枚を誰も座っていないテーブルに置いた。


 まるで目を反らしたら飛びかかってくる猛獣扱いである。私も昨日はちょっとやり過ぎたと思っているが……。


 ――警戒しすぎじゃないか?


 ミラがせっかく捕縛した調整士をみすみす逃がすとは思えないので、恐らくは支配の魔法で何らかの制限が課されているはずだ。極端に警戒はしてくるが魔法は使ってこないし、この街ミラの領域に留まっている事からして間違いないと思う。


 突然の行動に、道行く人たちが立ち止まり拍手している。一部の人は彼女が銀貨を置いたテーブルへ、称賛の言葉と共におひねりの銅貨を置き去っていった。


 一緒になって拍手していたアリシアが、私から決して目を離さないシーラに声をかける。

 事情を知らない彼女からすれば、当然の反応だな。


「良い動きね。この鎧君はあたしの後輩冒険者だから大丈夫よ。ちょっと変わった格好をしてるケド、厄介な呪いにかかっているだけなの」

「えっ? そっ、そうなの。冒険者、呪い、ね。今のは、ちょっとした護身術よ。街中で兜まで被っているから驚いちゃったの。失礼したわね。オホホホホ!」


 私と一緒に居るのに何も知らないアリシアに対して一瞬面食らっていたシーラは、未だに鳴り止まない拍手に対して愛想笑いを浮かべながら硬貨を拾い集めて席に戻ると、こちらをジロジロと見てくる。


 護身術とは、物は言いようである。

 明らかに戦闘を意識した動きだったが、迷宮調整師は体裁きまで熟してみせるのか。

 ミラはいつも最低限の動きで避けていたので、分からなかった。思えば、小さい動きで攻撃を避けるというのは凄いことだ。消耗も抑えられるし、最適解といえるだろう。


 そんなことを思い返していると、アリシアに肩を叩かれる。


「ちょっと! 驚かしちゃったんだから、謝っときなさい。普段からの行動をしっかりするのは、とても大事よ」


 今までのシーラの様子からして、そんな気遣いが必要な相手とは思えないが……。


 ――アリシアから見ると、人を驚かしてしまったのに私が何もしないのは変か。


 彼女に従い。後頭部に手を当てつつ軽く会釈をしてみせることで謝罪の意を伝えると、良いことを思いついたような顔をしたシーラは態とらしく首をさすってみせた。嫌な予感がするぞ。


「あー。なんだか首が。そう、首が痛いわー。急に動いたせいかもー」

「大丈夫? ポーション使う?」

「うっ。ポーションは大げさかなっ。気持ちだけ貰っておくわ。お気遣いなく!」


「そう? 少し、見せて……アザになってるわ! 気にしなくていいから、ポーション使わない?」

「んー。……べっ別に大丈夫ぇー」


 心配したアリシアが後ろに回り首の様子を見ている間、シーラは舌を出して私をからかってきた。頬を掻く振りをして目の下を引っ張って見せたり、やりたい放題である。


 ――こ、この女!


 子供だましではあるが、何らかの制限の隙を突いて思う存分遊んでいるのだろうか。私の言葉を話せないという隙も突いた無駄に高度な遊びだ。思わずカッとなってしまうが……。


 ――落ち着け私。


 驚いて首を痛めた被害者という立場に収まったシーラにアリシアは同情的だ。

 下手な行動をすれば、逆に私の首が絞まるだけである。

 どうにもならないので、現実逃避に奴の受けている制限について考えてみる。

 ポーションを固辞しているところをみると、どうやら同情を引いて助けて貰うのはミラから禁じられているらしい。

 シーラは外見だけを見れば紫髪の少女なので、同情を引きやすいかもしれない。手段を選びそうにない彼女を封じ込めるためには、妥当な処置だと思う。


 しかし、先ほどのおひねりはしっかりと回収していたな。

 と、いうことは……。


 ――施しを受けるのは駄目だが、働く分は問題ない、のか?


 そんな結論に辿り着いた時、興奮したアリシアの爆弾発言で私は現実に戻される。


「なんとこの子、魔法使いらしいの! せっかくだから、ポーションで治すよりダンジョンに行って治癒してみたいんだって。ここで会ったのも何かの縁だし、一回だけ一緒に行ってみない? 動きも良かったし、邪魔にはならないと思うの」


 それはそうだろう。

 ミラと同じく迷宮調整士のシーラが、魔法使いとして優秀なのは明らかだと思う。実際に盾として使ったときは、見事に敵の激しい攻撃を凌いでみせてくれた。しかし……。


 ――……どういうことなの?


 確かにダンジョンを周回していると、疲労が吹き飛ぶついでにケガも治癒するが、シーラがダンジョンへ行きたがる理由が分からない。


「一生のお願いよ! 私を助けると思って!」

「大げさな子ね」


 彼女は先ほどと打って変わり、私の事を拝みながらお願いしてきた。

 軽々しく使われる一生のお願いに、一生が何度もありそうだな等と、変な事を考えてしまう。

 急に態度の変わった彼女に対し、謎が増えていく。一体どんな制限を受けているのだろうか。


 大丈夫だ。ノールの街に住む冒険者の足はギルドボート。

 ダンジョンへ迷宮調整士を連れて行くのは少し怖いが、その前に専属受付嬢をしているミラと会う機会があるはず。彼女が対応してくれるだろう。


 そんなことを思いながら了承の意を伝えると、目に見えて安心した様子のシーラがテーブルを占領している菓子類を勧めてきた。


「ありがとう! 恩に着るわ! 代わりと言っては何だけど、お菓子を分けてあげる! 注文しすぎてしまったのよ!」

「あー……」


 私が貰っても兜を汚すだけなので、こちらも気持ちだけ貰っておこう。

 手のひらを向けることで遠慮の意を伝えると、アリシアがその理由を伝えてくれるので助かる。


「後輩くんは兜の隙間からしか食べられないから……」

「えっ、何よ。その拷問……」


 ありえないものを見たようなシーラの表情が印象的だった。

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