第30話 鎧騎士は前に出る

「こ、こ、このシーラ様に! 最高の魔法使いに! こんなものを使わせようだなんて!」


 広大な池に大量の足場が配置されている木のダンジョンで、性悪調整士は怒りの叫び声をあげた。


 叫び声は空と水面の狭間に吸い込まれていく。


 片手に持つ妙な杖を睨み付けながら、性悪調整士シーラが滅茶苦茶イヤそうな顔をしている。

 杖には平行に取り付けられた筒やら輪っかなどの金属部品が取り付けられており、かなり重そうだ。


 ミラに罪状を洗いざらい吐かされたシーラはいくつかの罰を受けており、その一つとして自分の使い慣れた杖を没収されてしまったらしい。残念でもなく当然の処置だ。


 でも代わりに渡された杖に対して、ずいぶんと不満があるみたいだ。

 私に文句を言われても困るが……。


 ――何か問題があるのだろうか?


「このクソ杖は自動小杖オートワンド。滅んだ文明の遺物よ。呪文や術構成を知らずとも魔力を通しさえすれば、自動で魔法が発動するわ。ッチ、照準器の調整までしなくちゃなの? あの女、未使用品をそのまま渡したわね……!」


 シーラはよく分からない専門用語を垂れ流しつつ杖の金属部をいじっている。

 その扱いは堂に入っており、使えないという訳ではないことを伺わせる。


 ――すごい便利そうな杖だ。私も一本ほしい。


「このシーラ様にとっては余計なお世話すぎるの! 直射魔法に特化しているせいで他の魔法が使い辛いし! 息苦しいったらないわ!」


 私がついつい強く思ったことをマインドスキャン使い辛いであろう魔法で読み取ったらしいシーラは、眉を吊り上げて怒りだした。勝手に読み取ったくせに理不尽すぎる。

 呪いを祝福で上書きされたからか、魔物を直接掴めば浄化できるようになったものの、魔法の制御は奪えなくなってしまったので遠距離攻撃方法に困っているのだ。やれても石を投げる程度である。


 シーラの口と表情は私へ理不尽な癇癪を起こしている一方で、彼女の可視化されるほど濃厚な魔力の流れは杖に収束していき、先端の金属部分が紫紺に輝いている。


 鋭く杖を突き出す姿は引き絞られた弓のようだ。


 表面上は駄々っ子なのに、動きは熟練のツワモノなので脳がバグりそうになる。これが前にミラの話していた迷宮調整士の必須技能。マルチタスク能力という奴か。


 人目を避けつつ迷宮という巨大な魔力リソースを刈り取りやすく整えるのが迷宮調整士の仕事だが、普通にやっていたのでは時間が足りないそうだ。

 そこで必要となるのが今シーラの無駄遣いしているマルチタスク能力であり、複数の魔法や作業を同時進行して足りない時間を補うらしい。


 やっぱり迷宮調整士は油断ならない……。


「いーやー! 助けてぇ!!!」


 マインドスキャン対策として平常心を心がけていた私の耳は、悲鳴交じりのSOSと軽快な快音を聞き取った。


 ――っこの声はアリシアか!?


「うぇ~。完全に魔物女ミラの予想通りね。あの数を直射魔法だけで仕留めるのは骨が折れそう……」


 こちらへ必死に逃げてくるアリシアは水面を埋め尽くすほどの木魚の群れに追われていた。どうやら木魚達はお互いを踏み台にして水の流れに逆らっているらしい。軽快な快音の正体は木魚同士の衝突音みたいだ。


 魔物達は流されに流された結果、排水場所に詰まってしまっていたのだろう。

 魔石の山を夢見て突撃したアリシアは魔物の群れに出くわしたわけか、ひどいダンジョンである。


 雨のように飛んでくるウッドボールはアリシアの背中に背負われたホーネットが大きな鞄で防いでいる。彼女の鞄には色々な雑貨が詰まっているので、木の玉程度は大丈夫みたいだ。


「出番よ鎧ヤロー。突っ込みなさい! 敵を引きつけるの」


 こちらへ駆けてくる二人と魔物の大群をその紫の目で冷静に見極めたシーラがノータイムで無茶振りしてくる。


 ――魔法で何とかできないのか?


 突っ込んだだけであの数を引きつけきれるとは思えないので、何らかの一手が欲しい。

 いつも言ってる最高の魔法使いとやらならば、何とかできないのだろうか。

 ……できることならば水浸しになるのも避けたいぞ。


「雷属性はデリケートなの! こんなクソ杖で! オマケに水場で使いづらい魔法を使ったら結果はお察しね! みんなで感電したくなかったら、サッサと行く! アンタが囮になるのよ!」


 ――……了解だ。


 仲間の盾として前に出るのに否はないのだが、堂々と囮扱いされるのは釈然としない。他の冒険者パーティの盾役はどんな気持ちで盾役をやっているのか、少し気になるな。


 まあいいか、ここからは……。


 ――盾を持っての初実戦だ!


「えっ? ウソでしょ鎧ヤロー。そんな格好してるのに、盾で戦ったこと無かったわけ?」


 私の奮起に水を差してくる性悪調整士を無視しながら、盾を構えて前に出る。

 うっかり足場から落ちないよう。

 一歩一歩、確実に、慎重に、だ。

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