第21話 鎧騎士は夜を駆ける(2)

 ミラの作ってくれた水上の道を駆け抜ける。

 道には魚が飛び跳ねていて少々邪魔ではあるが、湖底と違い数は少ないので軽いステップでかわしていく。川の上を一直線に進む道は障害が少なく、アリシアが船を操ってきたときとは違って魚人が飛び込んでくることもない。


 ――なぜ魚人が乗り込んでこないのだろうか?


「それは魔法で水中に押さえつけているからです。スピード勝負なので!」


 私の疑問の思いに返答するのはミラだ。

 彼女は相変わらず水の馬に騎乗しつつ、時折飛び出そうとした魚人を踏み潰して水中に押し戻しているらしい。無茶な押し戻し方をされた魚人は水中をもんどり打って河の水流に流されていく。


 ミラのサポートのおかげで突然の水上行は順調に進む。

 夜間だからか水鳥の姿もない川の上は寂しいモノで、大量の水が流れる音だけが嫌に耳に響く。


「そろそろ目的地ですので目的について説明しますね」


 沈黙を破ったのはミラだ。

 彼女は水しぶきでおでこに張り付いてしまったらしい金の髪を軽く手ぐしで整えると、今回の目的について語ってくれる。


「今回の目的はダンジョンを無断で調整している野良の迷宮調整士の捕獲です」


 ――無断で調整?


「都市は限りある魔導文明の残骸、ダンジョンを奪い合っているとお話ししましたね。一部の者達は自らの利益を優先して無計画に資源をむさぼろうとするのです。そういった者達が魔物を無視して資源ばかり回収すると、居場所を失った調整されていない危険な魔物が暴れる結果を招きます」


 魔物か。

 魔導文明の生み出した魔法の化け物が正体だとミラが前に話していた。私が思うに、生み出すならば相応の理由があるわけで……。


 ――魔物の生み出された目的は資源を守ることなのか?


「資源というより、残骸ではなかった頃の魔導文明を守っていたというのが正確ですね。魔導文明は衛兵代わりに魔法を使っていました。魔力さえ有ればいくらでも生み出せる戦力。施設から街道まであらゆる場所に魔法の防衛戦力を配置し、守らせていたようです。ここから支流に入ります」


 ミラから語られる話を咀嚼しながら進んでいく。

 水の馬に乗る彼女が旋回しながら杖を振ると、うっすらと青く輝く水上の道は、なだらかなカーブを描いて河の支流へ描き直された。

 傾斜が付いたからか水上の道を飛び跳ねる魚の量が増えたが、私は歩幅を小さくして回避しながら駆け抜ける。


 資源ばかりを回収すると魔物の居場所がなくなるということは……。


 ――ダンジョンのドロップや宝箱は加工された魔導文明の残骸なのか?


「はい。守るべき場所を資源として回収するので、少しずつ魔法の防衛戦力を削っていかないと魔法のまま解き放たれてしまいます。それを防ぐのが我々迷宮調整士の使命です。相手も野良ではありますが迷宮調整士、念には念を入れておきますか……」


 立ち止まったミラが杖を振るうと、川底が露出して見覚えのある魔法陣が現れた。


 ――これは……ダンジョンだ!


「魚人を放置している理由です。……これをこうしてやれば……それ!」


 魔法陣の前に下馬したミラ。

 彼女が鍵束を取り出し、その中の一本を選んで魔法陣に突き刺すと、辺りは強烈な光に包まれた。光が収まると魔法陣は消えており、代わりに小舟に飛び込んだら沈没しそうなほど巨大な魚人がその場に立っていた。


 巨大な魚人は頑丈そうな鎧と返しの付いた槍で武装しており、大変危険に見える。


 魚人は妙に大人しいが一応ミラの前に立つ。

 話の流れから敵では無さそうだが、万が一を考えての行動だ。


「大丈夫です。コレはダンジョンをそのまま魔物に変えて操っているので私が制御を手放さない限り、危険はありません。文明の残骸で武装させた魔物。残骸の魔物といったところですね」


 どうやら私の行動は正解だったらしい。

 満足げなミラの種明かしにより正体を明かされた大きな魔物は、逆にいえば彼女が制御をしくじれば危険ということだ。

 どうして調整した上で放置しているのかと思っていたが、こういったときの手駒にするためなのか。


 だが……。


 ――資源的にはどうなのだろうか?


「倒されない限りはダンジョンに戻せますので大丈夫です。迷宮調整士なら同じ事をしてくる可能性があるので、先んじて用意しておきました。本当は変なところに現れてしまったダンジョンを動かすための手段なのですが、単純な戦力として未調整の魔物を凌駕します。野良の迷宮調整士には迷宮調整士が対応するのが一番です」


 前に戦ったボード状の魔物を思い出してげんなりする。

 それはちょっと相手をしたくない手合いだな。同じモノをぶつけられるなら、それに越したことはないだろう。


 私達は巨大な魚人を加えた後も順調に進んでいく。

 巨大な魚人の音もない泳ぎに驚きつつ支流の川を駆け上がり、まだ依頼の達成直後で誰も帰っていない村を抜けると、魔物が通り抜けた跡が残る林を進む。


 林の中は暗いが、目的地であるダンジョンの魔法陣が輝いているので、迷うことなく進むことができる。


 今日来たばかりで見覚えのある道を歩いていると、見覚えの無いモノを見つけた。


 それは怪しげな黒ローブを着た紫髪少女。

 ダンジョン魔法陣の前に立つ少女はブツブツと文句を言いながら杖を振るっており、その様子はミラが迷宮の調整をしている時とそっくりである。ローブで体型は分かりづらいが、身長は低そうだ。


 ――あの子が野良の迷宮調整士という奴だろうか?

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眠れぬ騎士のデュアルダンジョン ~日中は少女冒険者と高速周回し、深夜は仮面受付嬢とチート攻略する~ ランドリ🐦💨 @rangbird

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