第20話 鎧騎士は夜を駆ける(1)

 私は周囲に設置された浄化の魔道具が発する光を頼りに、湖底を駆けている。


 飛び跳ねる魚をステップで避け、水を滴らせる水草を飛び越え、細かな石ばかりな湖底の世界に少々驚きながら進んでいく。


 ――泥は浄化で汚れとして消えてしまうのだろうか?


 前回と同じく水の馬に乗ったミラの先導で、水中に作られた魔法のトンネルを駆け抜ける。


「水中の散歩はどうですか?」


 ――足場が滑って危ないな!


「なるほどです。改良の余地がありますね」


 彼女の質問に正直なところを伝えると、軽く杖を振った彼女の魔法によって弾力のある水の絨毯じゅうたんが足元に生成された。水馬と似たような理屈で乗れるのだろうが……。


 ――これは走りやすくて助かる!


「外の大河まで辿り着いたら、これで河の上を走れば良いですね」


 そうして魔法の水絨毯じゅうたんの上をしばらく走っていると、正面に壁が見えてきた。


 ――行き止まりか!?


「もちろん違います! それ!」


 私の考えを否定したミラが杖を振ると、壁はパズルのように動き出し、姿を変えて出入り口が完成した。


「っ! 『水よ切り裂け』!【ウォータースラッシュ】」


 そこから飛び出そうとした魔物が早口で彼女の放った水刃の魔法に両断される。


「迷宮調整士用の出入り口です。いきましょう!」


 ――了解だ!


 迷いなく突撃するミラに併走して出入り口を通り抜けると、入り口は一瞬で閉まり通り抜けようとした魔物が激突した。


 転がる魔物に手を当ててしっかりと倒しておこうとしたら、手のひらから白い光があふれ出し魔物をく。


 驚いた私が手を離すと、転がり回った魔物が宙に溶けて消えていった。


 後には魔石が残ったので、どうやら倒せたらしい。


 ――何事だ!?


「どうやら【接触必殺の呪い】が【接触浄化の祝福】に変わっていますね。浄化は調整された魔物に効果的です。変則的な動死体フレッシュゴーレムみたいなものですから、体全てが汚れ扱いされてしまうのです」


 ネックレスのように首から提げていた鑑定レンズを手に取り、こちらに向けたミラが教えてくれる。


 なるほど、魔物に効くなら問題は無いのだろうか。この前までみたいに魔法をどうにかするのは怪しそうだが、今は呪いの一部が解けたことを喜ぼう。


 魔石を拾った馬から降りて消したミラの先導で迷路を進んでいく。どうやら通路内は狭いので騎乗を止めたらしい。


「急に祝福されてくるなんて聖人か何かに出会ったのですか?」


 思い出されるのは空から光の階段で降りてきた白の少女だが……。


 ――船に乗っているときに白い子にあったな。


「白……視察に来た中央都市の聖女セシリア様かもしれません」


 迷路の壁を叩いては道を作り出すミラの後を何とかついて行く。知らない言葉が多数出てきたが、私の運が良かったことだけはよく分かるぞ。


 ――ぬいぐるみを金貨五枚で買っていったな。


「会う為には金貨を百枚お布施する必要のある本物の聖人です。逆にお金を貰った上で、祝福までして貰うなんて本当に運が良いですよ」


 ――会うだけで金貨を百枚か!


「中々祝福を授けることはないと聞いていますが、貴方にかけられた強烈な呪いが同情を誘ったのかもしれません」


 思いもよらない高額の面会料に、特に作法は分からないが……記憶の中の彼女に向けて拝みたくなる。彼女は会えるだけでありがたい人物だったらしい。


 落ちたり、上ったり、飛び越えたり、潜ったりと入り組んだ迷路をミラの先導で進んでいくと、ごうごうと流れる大河の見える場所へ出てこられた。


 月と星だけが照らす大河は暗く、飛び散る流れと跳ねる魚だけが輝いて見える。


「河の上を一気に駆け抜けます!」


 ――わかった!


 再び水馬に乗り込んだミラが杖を振ると、湖底で敷かれた水の絨毯じゅうたんがうっすらと光りつつ現れて暗い川に道を作り出す。

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