第23話 鎧騎士は驚いた
ミラは怒りに頬をヒクつかせながら、紫髪の少女を睨んでいる。
紫髪の少女は水で構成された腕に握りしめられ、ギャーギャーわめいている。
――大丈夫なのだろうか?
「暴力はんたーい! 待って? 話せば分かるってば!」
「言葉の割に杖を手放していないみたいですね?」
紫髪の野良調整士を目の前まで引き寄せたミラはニッコリと笑った。
野良調整士の少女も、顔を引きつらせながらもニッコリと笑い返す。
この一場面だけを切り取ると、和やかな様子だが両者には決定的な差があった。
それは一方が自由なのに対し、もう一方が水の腕にギリギリと握りしめられている点だ。
「ギク! これはぁ、その、職業病ぅ……みたいな?」
「そうですね。私たちは杖でチャンスを切り開く。杖を持っている限りは、逆転の可能性があります」
「アババー!」
水なので透明な巨腕越しに少女の握りしめる杖を見咎めたミラは、相手の言い分に共感しつつ、力強く杖を突きつけることで腕の握り具合を強くしたみたいだ。
強い締め付けに野良調整士は話す余裕を失っている。
「身体強化で耐えているみたいですが……。いつまで持ちますか?」
ダンジョンの使い魔化というのは余程良くないことだったらしく。野良の迷宮調整士を詰ませているというのに、ミラの表情は優れない。
――ダンジョンを使い魔にしてしまうのと、連れ歩くのとでは何が違うのだろうか?
巨腕を無数の腕に変換したミラ。
彼女は多数の腕を器用に使い敵に関節技を仕掛けながら、思わず零れてしまった私の疑問に答えてくれる。
「ギャー! いだだだだ!」
「ふぅ。体に触れている部分の操作を奪って脱出しようとは、油断も隙もありませんね。使い魔に変えられた魔物は、変えた者に属するようになってしまいます。この! 迷宮調整士は、ダンジョンをまるごと使った使い魔の主になったのです。……使い魔は主が滅びない限り不滅なので、アイテムをドロップしません。要するにダンジョンの資源はパーになりました。魚人もボロボロですし……大損害、です!」
なるほど。
使い魔化されてしまったダンジョンからは資源が得られないのか。サンドバッグにしてしまえば資源を取り放題だと思ったのだが、そううまい話はないらしい。
ミラが話している間にも野良調整士は、あの手この手で脱出を試みていた。
黒いローブを身代わりにしての脱出を試みれば、すり抜けた先で待っていた水の大蛇により丸呑みにされている。
今度は巨大化して力尽くで脱出すれば、引き裂いた大蛇がそのままトラバサミに成り食らいついた。
「貴重な人材なので中央送りにして反省を促すつもりでしたが、しばらくノールで奉仕活動してもらいます。あなたの名前は?」
「絶対にイ・ヤ! ベーッだ!」
「……」
「あぎゃー!」
表情を消したミラが杖を振るうとトラバサミは大蛇の姿に戻り、今までに無い音を鳴らしながら、巨大化した野良調整士を文字通りに絞っていく。
水の大蛇は半透明なので、雑巾のように絞られる野良調整士の様子がよく見える。
野良調整士はみるみる内に小さくなっていき、元の大きさに戻ってしまった。
アレは痛そうだ。
「きゅぅ……」
「あっ、やり過ぎました」
元の大きさになった野良調整士は、目を回して気絶してしまったらしい。
手にはガッチリと杖が握られたままであり、その根性に迷宮調整士の凄さを再認識させられる。
――ところで何故名前を聞いたのだろうか?
「支配の魔法をかけるための手順です」
――支配の魔法!?
「魔法で縛ろうと思ったのですが、失敗しました」
表情を無にしたままのミラが語る恐ろしげな魔法に私が驚いていると、大きな音が鳴り響いた。
上半身だけで守りを固めていた獅子と、ボロボロになった魚人が睨み合っていた方だ。防御が解けてトドメでも刺したのだろうか。
しかし振り返った私が見たのは、勝利した魚人の姿ではなかった。
私の目に飛び込んできたのは、両手を頭に変えた獅子が魚人を血祭りに上げる姿。
獅子はそれぞれの巨大な口で魚人を平らげると、鎧や三又槍と更には自分の持っていた大剣にまで喰らい付き見境なしだ。
その結果だろうか、すぐに新たな下半身が生えてきた。
新しく生えた下半身は鎧をまとった獣のような形をしているが、そこから伸びる足は明らかに異形である。
どうやら食べたものをそのまま生やしているらしく。前足はウロコで覆われており、後ろ足代わりに一組の抜き身の大剣が生えている。尾の先に見えるのは三つ叉槍だろうか。
「どうやら使い魔化が半端だったみたいですね。完全に暴走しています。狩りましょう」
――了解!
制御を手放さなければ大丈夫と言っていたが、手放すとこんな事になってしまうのか。迷宮調整士に迷宮調整士が対応するのも納得な魔物だ。
異形の獅子は後ろ足と尾の先で地面を引き裂きながら、こちらへ突っ込んでくる。
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