鎧騎士は後輩冒険者になる

第5話 鎧騎士は街に来た

 門兵の小屋から、軽いお説教と薬剤の提供を受けてから開放された私たちは、頑丈そうな壁が囲む街に踏み込んだ。


「おおい! 門が閉まるぞ! 急げ!」


「はーい!」


 閉門時間なのでお説教を中止したらしく、急かされて門を抜けた私たちの背後で大きな門の閉まる音がする。


「ここがあたしの活動しているノールの街よ! 見たとおり湖の街ね!」


 ――おお! 思ったより開放的な場所だな! 良い景色だ!


 振り返ったアリシアが両手を広げて紹介したノールの街は、私たちが入ってきた背後の門側と右側面以外を光る湖に囲まれた輝く半水上の街だった。


 何らかの方法で湖面を照らされた湖には大きな桟橋がいくつもかかり、その上を人や謎の物体が行き交っており盛況だ。


 もう日が沈むのに、対岸が小さく見えるほど大きな湖を船が忙しそうに往来している。


 一部の船は巨大な桟橋に停泊したまま人が出入りしている様子。


 ――ただ停泊しているだけでは無さそうだな。


「こっちよ! 夜でも対応してもらえるけど、遅い時間だと嫌がられるの!」


 私が湖を熱心に観察しているので待ってくれていたアリシアは、待ちきれなくなったのか手招きして急かしてくる。


 ――確かにもう暗くなっているし。遅い時間といえるだろう。


 片手を挙げてダンジョン周回中に決めた了解の意を示すと、頷いた彼女は駆け足で人混みを避けながら進んでいく。


 ――向かう方向は左手の湖方面のようだ。


 布とヒモでまとめられた三本のレイピアと折れ曲がった剣を抱え持った私も、アリシアに合わせて早歩きで人混みを避けながらついて行く。


 彼女はこれから行く場所について軽く教えてくれた。


「今向かっている場所は冒険者ギルドよ! 大荷物だと邪魔だから、お金に換金して山分けしちゃいましょ! あたしのレイピアは売却金額で買い取るわ!」


 布で巻いて背負ったレイピアを軽く叩きながらの言葉に、片手を挙げて了解の返事をする。


 ――元々そのつもりだったので問題ない。


「ありがとう! どうもアンタは冒険者じゃないみたいだし、冒険者登録の料金はあたしが支払うわ! 命を助けて貰ったのと、折れちゃったけれど剣も取り戻してくれたお礼よ!」


 私の即決を満面の笑みで歓迎したアリシアは、時々私の様子を見ながら歩く速度を上げて進んでいく。


 彼女の機嫌が良くなったことを確信した私は、気になっていた帰りの妙なテンションについて、空になった薬剤の瓶を振ってみせることで聞いてみた。お説教の後に飲まされたから関係があるはずだ。


 ――確か、ダンジョンを潜りすぎだと、何度もお説教されていたな。


「うっ、それは魔力酔い止めの薬。ダンジョンに潜りすぎたときや魔法の使いすぎで起こる魔力酔いを覚ます薬よ。まさか必要になるとは思わなくて持っていなかったの」


 言いよどんだアリシアは赤面しながら自らの不備を告白してくる。


 ――なるほど、あの妙なテンションはその魔力酔いが理由だったのか。


「ここよ! あたしの後をついてきて!」


 彼女が立ち止まると湖に面した大きな建物がある。


 頭を振って調子を取り戻したアリシアは、ガヤガヤと騒がしく明るい建物内へ私を導いてくれた。


 建物内は人でごった返していて、武器を持ったり鎧を着込んだりしている者達ばかりだ。ほとんどのテーブル席は満員となっており、飲み物や食べ物を仲間内で騒ぎながら飲食している。


 ――ずいぶん多いが、ここに居る全員がアリシアと同じく冒険者なのか!


 建物の奥側にはカウンターが一列に並んでいて、そこでは暇そうな女性達が冒険者達をうらやましそうに眺めている。同じ服を着た彼女たちは武装していないので冒険者では無さそうだ。


「おーい! こっちよ! こっち!」


 その内の一人、特に年若い金髪碧眼の少女に、親しそうに片手をあげて近づいていたアリシアは、入り口で突っ立っていた私を呼びながら手招きしてくる。呼び声に従い近づいた私は、彼女の隣に立った。


 近づいてみるとカウンターの上面はピカピカと様々な色で光っており、その向こうに立つ金髪少女の後ろに備え付けられた四角い板もチカチカと光っていて目に痛い。


 ――こんな所に居て目が痛くならないのだろうか?


 私が物珍しいモノに興味を示すのに慣れてきたアリシアは、注意を引くように私の肩を叩くと金髪碧眼の少女を私に紹介してくれる。


「この子はミラ! あたしの友達よ! 冒険者ギルドの受付嬢をしているの」


「初めましてミラです」


「ミラ! この人、呪いで喋れないみたいなんだけど、冒険者登録できる?」


 何か印象が良くなるかもしれないので、紹介された時に片手を挙げてみる。

 アリシアにミラと呼ばれた少女は、私の愛想を良くしているつもりの行動をその青い目を丸くして見ると、ころころと笑った。


 ――何かおかしな事をしてしまっただろうか?


 少しして咳払いすると切り替えたらしい彼女は軽い自己紹介の後、私のことを物珍しげにのぞき込みながら、カウンターの上を撫でつつアリシアへ質問する。


 ――急に周囲の喧噪が聞こえなくなったので、ミラが何かしたみたいだ。


「フフ、こほん。失礼、大丈夫ですよ! このギルドでは、文字盤やマインドスキャンでの受付も対応しています」


 文字盤と言われても道中見た文字が一部よく分からなかったし、私が完璧に理解できそうな文字は数字だけだ。

 必然的にちょっと怖そうなマインドスキャンで受付することになる。ミラがマインドスキャンと言うときにニヤリと笑っていたので、絶対に私にとって良くない奴に違いない。


 ――今から憂鬱である。


「良かったわね! あ! 登録料はあたしが払うわ! ちょっと世話になったの」


「良いんですか? 早速、冒険者証を発行しますね! 発行料は十シルバーです」


「任せなさい! これから換金で驚かせちゃうから、これくらい軽いわ!」


「え~っと、銀貨が九枚っと、大銅貨がいちにさん……十枚!」


 アリシアは自信満々にポーチから赤いがま口を取り出し、銀色の硬貨を九枚と一回り大きな茶色の硬貨を十枚慎重に数えるとカウンターに並べた。


 ――大きな銅貨が十枚で銀貨一枚相当なのか。


 それを受け取ったミラが再び輝くカウンターをサラサラ撫でると、なんと硬貨が現れた穴にジャラジャラと飲み込まれていく。


 最後にガチャンと音が鳴ると、カウンターの端から一枚のカードが現れた。


 赤茶色の金属で補強されたカードには、フルプレートを身に纏った騎士の上半身が描かれている。


「やっぱり、自分とそっくりな絵が書かれてるのは良いわよね。ホラホラ、これはあたしの奴!」


 アリシアが顔の横でヒラヒラしているカードには、彼女の上半身が描かれている。


 冒険者証にはどうやら自分の姿が描かれているようだ。


 ということは……。


 ――飛び出したカードに映っている騎士は、多分……私だ!

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