作詞
『こうした方が良い。』
『これをやったら駄目。』
好きじゃない文体。
久しぶりに本なんて買った。
加えて、図書館で目ぼしいものを片っ端から借りてきた。
両手と背中のリュックいっぱいに荷物を抱えて帰宅した私の姿をみて、お父さんもお母さんも目を見開いて驚いていた。
「あんた、それなに?」
「本」
「全部か?」
「そう」
「なんの本?」
「んー、参考書?」
受験の時期終盤になっても、こんなにもの参考書を読もうとしなかった娘を、いまになって勉強に目覚めたと勘違いした二人は、見開いた目をそのままで潤ませていた。
そんな両親を見て、参考書と、迷いながら言ってしまったことを少しだけ後悔した。
けれど、嘘はいってない。
ただ、そのすべての本には共通して、『作詞』というフレーズが書かれているというだけだ。
「あー、やっぱだめだぁ。全然要点が掴めん!」
なんとなく予想はできていた。
作詞をしてみようと思い立って、少しでもヒント的なものになればいいと集めた『参考書』は、アプローチは違えど、どれも最終的には似たか寄ったりな内容だった。
作詞というものを論理的に説明なんてできないだろうと。
参考書みたいなのなんてあるんだろうかと。
読む前から思い、感じていた私は、予想に反した種類豊富さを目の当たりにして、そしていざ読んでみて、どれもが”参考”にはならなかった。
どころか、前提としての『作詞』というものを、ただ希薄にするだけだった。
「というか、曲が無いんだから詩のイメージなんて湧いてこないし」
ロック?
バラード?
……ラブソング。
そう考えついた瞬間、あの顔と声を思い出した。
ゴールドのギター。
水色のスカーフ。
最後に聴いた笑い声。
「まだ日が落ちてないのかな」
今日はずっと曇りだったことを思い出す。
手に持って開いていた『ゼロからの作詞!』と表紙に書かれている本をパンッ! と音を立てて閉じると、ベッドに放し投げる。
窓際に行き、ガラッと開けると同時に頭を外に突き出し、顔面を空へと向ける。
「似てる」
黒、白、灰色のグラデーションが低くあって、動きが鮮明に見て取れる空。
「曇天」
こんな空模様のことをなんていうのか、この前、朱音に教えてもらった。
「いいこと思いついた」
窓を開けっ放しにしたまま私は机に向き直る。
そこに積まれた本がジャマで、「もう!」と言って払いのける。
参考書が床につくと同時にバタバタという音を鳴らした。
南風がヒョウヒョウ鳴ってカーテンを揺らす。
「……うん。これこれ」
色だ。
私の表現のしかたは色。
朱音は……多分だけど、音に感情を感じている。
それって、私は感じることができないものだと諦めてた。でも。
「しししっ! いい感じ!」
音色。
そう、音色っていうじゃないか。
ならそれを今度は言葉に置き換えるだけ。
「…………」
不思議な感じがする。
いままで、こうやって集中している時は自分がそうしているとは気づけてなかった。
なのに今は、はっきり感じる。
イメージを掻き立てる行為なんだろう、作詞をするということは。
勝手に動く自分の手を、それがなんで動いているのか……。
考えながらも、私の手は止まらない。
近づいている気がする。
朱音に。
「できた」
開いたノートの見開き半ページに私の文字が刻まれてる。
「これで……」
作詞をしていた自分。
それを少し離れたところで見ている自分。
そんな二人の考えがひとつに集約したことで、私はもう一段階先の未来を想像することができた。
「この私の詞に朱音の曲がついて、歌になったら……」
考えただけで部屋中を走り回りたくなる。
ダダダッ!!
「晴歌ぁ! あんたなにしてんの!」
「なんでもない!」
お母さんの怒鳴る声に足を止める。
すでに、もう私はそうしていた。
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