出会うべくして
「ここよ」
響さんが控えめに指した看板には、『創作割烹 アメイジング』と大きな半紙に、達筆な毛筆で書かれていた。
「なんですかコレ。あ」
思わず、正直に思ったことを口にしてしまったことをすぐに後悔する。
「すいません!」
私は、両手を膝の前で揃えて、頭を深く下げた。
「ふふふ、いいって、いいって。こんなヘンテコな店やってるのここだけだから」
これも控えめな笑い声を聴いて顔を上げると、苦笑いのようで、でも、嬉しそうに笑っている響さんがいた。
「やっぱり、いい声ね。あなたのその声」
「……そんなことはないです」
「そう? 言われたことない? いい声だって」
「……最近言われました」
「でしょ! 誰? 友達? それとももしかして彼氏にとか?」
「友達っ! 友達にです!」
私は焦って手のひらをブンブンと音をたてながら左右に何度も振る。
「ふふ、やっぱりいいね、あなた。じゃなかった朱音さん」
「……いえ」
どうしてか恥ずかしくなって、俯いてしまう。
顔中が火照ってしまっているのが分かる。
こんなに綺麗で、堂々としていて、だから整っている。
揺れない声。晴歌の声に似ている。けれど、違う人の声なんだからもちろん違う。
同じ音だけど違う声。
そんな感じ……。
「じゃ、私はここで」
「あ、はい……ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとう」
ニコっという音が聴こえてきそうな表情を私に向けて、響さんがサッと背を向け、ゆっくり歩き出す。
「ありがとうございました!」
自分でも驚くほどの音量で私は言った。
すると、響さんは振り返らず右腕を高々と目一杯上げ、スッスッと左右に一回ずつその手を揺らした。
強烈で繊細だった。
だからといって、あの人のことをよく知りたいとは思わなかった。
私の絶対音感は、こんなふうにも音を聞き分けることができたのか。
あの人。響さんは、晴歌みたいに歌を歌う人間じゃない。
理由は、響さんが自分の音を出す方法知っていて、実際体現できているから。
段々小さくなっていく……? あれ?
「そーそーそー! 言い忘れてたー!」
叫びながら響さんが戻ってきた。
「ど、どうかしたんですか?」
「はあ、はあ、はあ、んっ。吹奏楽、聴きに来たのよね、友達と」
「え、あ、はい……そうですけど」
全速力で戻ってきたからなんだろう。
両手を両膝について、前かがみになって、言いたいことを早く伝えるべく、必死に息を整えようとしている。
「なら」
一言いうと顔を上げ、私のことをしっかりと見つめる。
まるで、この場所から私が逃げ出さないように。
「同じ時間に駐輪場に行ってみて」
「は?」
「くくくっ、だから、吹奏楽の連中の演奏がはじまるのと同じ時間に駐輪場に行ってってこと」
その響さん顔を見た瞬間、これがこの人の本当の顔。本性なんだと感じさせられた。
「でも、今日ここに来た目的が……」
「いいから……多分、朱音さんたちにはあっちのほうがいいはずだから」
あっち……。
「あっ!」
「なに? どうかした?」
「いえ、なんでもないです」
あの時、あそこでなにやら喋っていた二人のうちの一人だ、と私は今になって気づいた。
向かい合わせで、楽しそうに言い争っていた……? 曖昧で奇妙な音で。
思い出すと、あの時の響さんの声は中途半端に震えていた。
こうして私と喋っている今とは全然違う。
あの時の声は……そうだ、私が晴歌と喋っているときの音と似てた。
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「うん! じゃ、またっ!!」
私と会ってから一番くだけた言い方、らしい音でいって、響さんは同じように背を向け、また右手を振って、廊下を来た方へと歩いていった。
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