弾く!!

「えーっと、次はBでっと。びーびーびー」

ジャーン、ジャーン、ジャーン。

これで音が合っているのかも分からない。

リズムもテンポも分からない。

でも、これでいい。


「ううーん……なんでこんなに分かりにくく書いてあるのぉ」

音楽室から勝手に拝借してきたギターで、これもまた同じように勝手に持ち出してきた表紙に『特訓! ギター講座』と書かれた教則本でコードを確認しながらジャラーンとだけ鳴らし、さらにそこに、自分の書いた歌詞をなんとなくで当てていく。


「ここ、サビになるのかなぁ」

でも、というかやっぱり、イマイチ歌としての感触が掴めないでいた。


ポツっという音を立てて一粒の水滴が真っ白い楽譜に落ちると、そこから滲み、黒っぽく変色する。

一粒目のときは、あ! と声を出し焦ったけれど、今となっては気ににすらなっていなかった。

どころか、そのポツっという音が鳴るたびに、異様に気持ちよくて、気分が上がっていくほどだ。


「こんな難しいことしてたんだ……あの、」

その先が声にできない。

『まさかラブソングなんて』

先に朱音の声がしてしまったから。


言われた瞬間に浮かんでいた。

あの突き上げた水色のバンダナが巻かれた右手を。

あの声を。

――あの笑顔を。


「すごく嬉しそう、すごく気持ちよさそうに」

言った口をキュッと結ぶ。

ふうーっと、深呼吸ひとつ分だけ緩める。


楽器も弾けない、楽譜も読めない。


どうしてあんなこと言えたの?

楽器が弾けなければ弾けるようになればいい! 

楽譜が読めなければ読めるようになればいい!


歌しか歌えないなんて、とんだ驕りだ!

間違っていたと認めろ!


歌しか歌えない? ウソつけ!

私には歌がある。だろ!


多分、今やってるこれは時間の無駄になる。うん。

でもそれでいい! だって、私が無駄だと思わなければいいんだから!


あの詞を書いたノートは朱音に渡したまま。

でも大丈夫。

自分で書いた歌詞を忘れるはずがないんだから。

それに、あそこには必ず、朱音の考えたサイッコーな曲が付くんだから!


曲が!


「ごまかそうたって、そうはいくもんか! まったく」

ため息のようだけど、音が違うような吐息が漏れる。


きっとこの曲を朱音はまだ弾いてない。

「こんなに分かるもんなんだ……」

どんな心境で、この楽譜に一音一音書き示してしいったのか。

だから……を想像して書いたのかも。


「うーわっ」

急に顔が火照る。

けれど、汗が引いていく。

体が麻痺していくように動かなくなって、唇が乾く。

「てことは……そういうことだよね」

自分の手元にあのノートがないことが恥ずかしい。今すぐにでも取り返しに行きたい!

よくわかってないけど、多分、歌詞のほうが不利だ。


「あ!」

だからか!

そういうことね!

無駄じゃないなんて考える事自体がまた間違い!


楽譜に書かれた音。

それを読み込む。

それをするには弾かないと、弾けないとダメ!


私は、さらに集中力を上げる。

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