隙間風……

今日ここに来たのは、

今日ここに来たのは、


「でもあんな、人も来なさそうな場所でやれることなんてないでしょ」

「朱音、それマジで言ってる?」

「なんで?」

「なんで……って、今日ここに来た理由でしょ、そこが」

「ゲリラライブの参考……」

口にして気づく。

「でしょー? そうでしょーよ! だから行けば分かる。それに、朱音が会ったって人……響さんが教えてくれたのって、多分朱音だったからじゃない?」


歩くにつれて、進むにつれて、人気がだんだんと減って、隙間の増えていく空間からは風が生まれ始めていた。

不安や、ましてや疑惑なんてない。

ただ、流れが生まれてしまったことで、その流れに任せてしまっているのが少し怖い。


「どゆこと」

「雷」

「……晴歌が聴いたっていう人の声?」

「そう。ねえ、気づいてるでしょ」

「――うん」


空間が狭まった通りに出た。

比例して、圧縮された風が強くなる。

それは強制力となって、背中を押されるというものを実感させられる。


「怖い?」

「まあ、ね」

「私も怖い」


なににだろう?

でも怖い。

私も。それに朱音も。

私も。それに晴歌も。


響さんの整ったおとに?

あの時聴いた雷のおとに?


どんどん風が強くなる。

もう引き返せなくなっていた。

けれど、ここまできてしまったという諦めからなのか、心地良くすら感じ始めている。


「でも、気持ちいいよね」

「うん、気持ちいい」


音楽ホールを背に、目的地の駐輪場に向かうとなった時、どこだったのか忘れていたのにもかかわらず、今のいままで足は動き続けていた。


「ここ通ったよね?」

私は晴歌にいわれて何気なく辺りを見回す。

「そう? ああ、確かに通ったかも……」

気の抜けた返事でもって、上の空を体現してしまっているような時だった。


タタタタッという足音が、近づいてくるというよりは、もう、すぐ近くになって聴こえた。


気付けなかった? 私が? これだけ狭くて静かな場所に居て?

すでに晴歌が足を止めている。

気づいてたの? 晴歌は。

だとしたら晴歌のことだ、すぐに振り返りそうなものなのに……そうしていない。


「すいません! 通してください!」


狭まった場所だからなのか。隙間風なんてものじゃない!

突風? 暴風? 烈風!?

私の頭は混乱したまま、ただ反射的に体を半身にして道を作った。

すると、晴歌と向い合せの形になった。

晴歌も、向きは違えど、私と同じようにして道をその声に譲っていた。


「ありがとうございますっ!」


風が目の前を通り過ぎていく。


だから!


「あの!」

晴歌の驚いた顔を視界の片隅に捉えながら、私は呼び止めていた。その風に向かって。


「なんですか?」


急いでいたんだったら、そのまま通り過ぎていってくれても良かったのに……。


「……あの、」

そこから音が出てこない。


「駐輪場っ! 駐輪場ってどこですか?」

晴歌の口が動いてる。多分、彼になにか言っているんだろう。


「どうしてですか?」

「は?」「え?」

違う形の音で私たちは反応した。


「だから、どうして駐輪場に行くんですか?」

その目は明らかに揺れていた。

この風が原因でじゃない。だって……自身が『風』だから。


「あの、ええっと……」

呼吸が上手くできない!


「このまま行けば、着きますけど」

すると風は弱まった。


「そうですか! ありがとうございます! ねっ、朱音!」

「う、うん。ありがとう」

「……じゃ、俺は先に行くんで」

「すいません。止めてしまって」


呼び止めてしまって。

とてもじゃないけれどそうは言えなかった。


弱くなった風は、その勢いを強めるようしてまた動きだした。


走りにくそうな後ろ姿。

手に大きな荷物を持っているからだろう。

その格好がなんだか子供っぽい印象を私に与えてきた。

いやいや。私だってまだ子供なんだけれど。


「あれって、ギターだよね」

晴歌が言ったことで気づく。

赭色そおいろのケースの中から鳴る音が、こもっているのにここまで聴こえくる。


「先に」

「え?」

「先に行く、って言ったよね」

「言ってた、ね」


今日ここに来たのは、

今日ここに来たのは、


あの音を聴くため。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る