風の隙間
校舎に挟まれた道を抜けると、彼がいったとおり駐輪場に出ることができた。
そこではさっきの男の子と、もうひとり。
あの時、廊下で聴いた、やるわよーーー! と叫んでいた声がいた。
「やっぱり」
私はそう思って声に出す。
「あの人?」
だから朱音に伝わる。
「うん」
「なるほど、だからね」
次に朱音が言おうとしていることが手に取るように分かる。
「確かにコワイわね」
「しししっ、ね! コワイ!」
開けた場所には二人だけ。
さみしい風景なのに、なぜかうるさい。
「これがほんとの嵐の前の静けさ! ってね!」
「晴歌、うるさい」
言いながら朱音が笑ってる。
「気づかれたらどうするの」
「だね」
邪魔したくない。
朱音も一緒だ。だから、まるでバリアのような膜に覆われている目の前のあそこまでは行きたくない、ううん、行けなかったっていったほうが正直だ。
金色で縁取られたドラム。あまりにも堂々としていて、場違いという違和感を一切与えてこない。
黒いコードは、さらにそのテリトリーをはっきりさせるように、明らかな輪郭線として二人のまわりを取り囲んでいる。
目で辿っていくと、黒くて大きな箱に当たった。その前に彼がしゃがんで、今まさに赭色のケースを開けようとしている。
「うわ」
すぐ横で、朱音が声を漏らす。
注意し返そうとしたけれど、その考えはすぐに消えた。
「きれいな色だね」
しっかりと声にしなくちゃいけなかったから。
よし! じゃ、リハーサルと洒落込みますかね!
はい。
雷と風。
うるさいって朱音に注意されたけれど、私がいった、「嵐の前の静けさ」はあながち間違っていないと思う。
「どんな演奏するんだろ、あの二人」
「早く聴いてみたいね」
「あら? あなた達は?」
いつのまにか声を潜めて喋っていた私たちは、またしても突然声をかけられてしまった。
「どうして知ってるの? いまからここでゲリラライブがあるのを」
「え?」
「えっ? じゃなくて、ここの生徒じゃないわよね。どこで聞いてきたの、って……待てよ、あいつ、どこかで漏らしたのか?」
あいつ?
「ん? その顔だと、どうやら偶然っぽいわね」
一方的に喋りかけられ続けることで、朱音はもちろん、私も圧倒されてしまう。
「まあいいわ。偶然だとしてもせっかくなんだし、聴いてきなさい、一緒に」
聴いていくつもりでいた。
でも、この人のこの言葉が最後の追い風になって私の背中を押してくれた。
聴いてみたい。から、聴こう。へ。
「あの……」
「あらあら、私としたことが、ごめんなさいね。ちょっと待って――はい。あなたも、どうぞ」
いいながら、私と朱音に名刺を差し出してくれた。
「弁護士さん……?」
思わず疑問符が最後に付いてしまう言い方をしてしまった。
「将来、なにかあった時にはぜひ風間弁護士事務所まで! よろしくっ!」
ビル風ならぬ、校舎風な突風が、どこか古さを感じる、でもとても似合っているポーズしたしたその人の髪を、ブワっという音をたてて巻き上げた。
「ちょ!? なによこれ、いきなり! せっかく決めたのに台無しじゃない!」
まだまだ若々しい声。エネルギーに満ち溢れていて、まるで私たちと同じ音色のように元気で、それが綺麗に鳴った。
「おぉ……将来なんて言葉久しぶりに使ったなぁ、天にだってここ何年も言ってこなかったのに」
突風に乱された髪をかき上げながら、大きく独り言をいう。
「ぶっ! あははっ! はい! 将来なにかあったらその時はお願いします」
朱音がその人と同じ音で言って、
「ね! 晴歌!」と私のほうを見た。
「う、うん。ぜひ」
私はなんとも中途半端な受け答えをしてしまう。
「しししっ! いいわね、あなたたち。好きよ」
初対面の、こんな素敵なオトナの女の人からの突拍子な告白に、驚きを通り越して呆れてしまう。
「じゃ、私は先に行くから」
まるで友達に話しかけるようにいって、その人は……風間さんは行ってしまった。
「聴いた、晴歌」
私と同じように、ボーっとしたままで朱音が喋りかけてくる。
「あんたと同じ笑い方だったね」
「ほんとだ」
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