スイッチ

音。


私はそれが嫌いだ。


こんな耳を持って生まれてきたことで、地獄のような日々を生きてきた。


初めてイヤーマフを付けたのは小学校六年生の時。

お小遣いを貯めて初めて買ったのがイヤーマフだった。

できるだけ自分の耳に密着するものを選んだ。

買おうと決めたと同時に、私は、一生これを付けて生きていこうと決めた。


生きているんだからしょうがない。

そう考えるしかない。

それしかなかった。




「まだ……」

この続きを言ってはいけないような気がして、無理やり飲み込む。


音の遮断は、世界との遮断。

目で見るだけになった世界は、そのものの色でもって認識できた。

そんな時、一番嫌いだったのが灰色の空。曇天だった。


まだ、その音を聴かせないで。


音声にしたくなくて、心の中で鳴らす。




『曇り空っていいよね……これからなにか起こる、そんな感じして』

晴歌がある日、私に対して能天気に言ってきたことがあった。

あまりの突拍子のなさに、私の思考回路は混乱し、名前に『晴』が入っているくせに、と、含み笑いでもって声を噛み殺した。

『なに笑ってるの! いいじゃん別に! 私は好きなんだから!』

妙に必死で、真っ赤になった顔で反発する晴歌を目の前にして、我慢できなくなって派手に笑い出してしまった。

今思えば、あれは違っていた。

笑って誤魔化しただけだ。

本当は訊きたかった。「どうして?」と。




だから、その音は晴歌と……。


って、なに? これは!?

体の中がグルグルする。

でも、そうしていないと立ってられない。

グルグルグルグル……もっと回せばよくなるのかどうかもわからないのにそうするしかない。


生きてるんだからしょうがない。


最近考えなくなってたのに! 今になってどうして!?

こんなに苦しい世界で生きてきたんだ、私。


せめて空模様だけでも、と、また、逃げるように空を見上げる。


「あっ」


そんな気がした。


曇天。


灰色でどんより……

でも……なにかが違う。


確かにいつもの曇天なのに、違って見える。

この音のせい? 

ギターとドラムだけの、この曲のせいなの?

目が離せない。あれほど嫌いな曇天の空なのに。

だから分かる。この空が灰色だけじゃないことが。


白や、黒。たまに青も見えて、その境目がないから曖昧で、絶対に灰色だけだなんて断定できやしない。

動き続ける雲がはっきり見て取れる。

元気に、活発に、生き生きとしている。どんよりなんてしてない。

この曲のように。


前を向き直すと、さっきまでとは違うそら

自由奔放、気ままに、強く、生き生きと弾いて、叩いて。


なんて気持ちよさそうなんだろう。


自然と目を凝らす。

雲を動かしている風。

それを受けて派手に散らす雷。

めちゃくちゃにグルグル回ることで鳴っている。


生きてるんだからしょうがない。

なら、その続きもある。

割り切って、諦めた。打算な考えは自分勝手で不自由でしかなかった。


生きてるんだからしょうがない、なら、自由に生きよう。


ギーーーーーーーーーーン!


最後の始まりの音が聴こえてくる。

もう曇天は嫌いじゃなくなっていた。

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ON・楽! 西之園上実 @tibiya_0724

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