引力!
「大きいね」
「ねー」
昼食を食べ終え、晴歌の「せっかく」という鶴の一声でいま私たちは、これから吹奏楽の演奏が行われる必要以上ではないかと思えるほど巨大な建物の前まできていた。
『創作割烹 アメイジング』では結局、私も晴歌と同じ、刺し身定食を頼んだ。
不安しかないそれが運ばれてきた瞬間、思わず「わあ」という感動の音を晴歌とシンクロさせた。
だから妙に目立ってしまい、掻き込むようにして一気に平らげた。
となると問題は晴歌のほうだった。が、そこについては心配無用だった。
私がもともと食べるのが遅いのか。人生史上最速だと思って食べ終わった時にはすでに晴歌は、高楊枝で、「うまかったー」の一言を上げていた。
「にしても、刺し身もだったけど、あの味噌汁には感動したなぁ」
「確かに、あれはもう味噌汁じゃないナニカだったね」
結局、晴歌の聴いたという声の人とは会えなかった。
帰り際、見送ってくれたホール担当の生徒に晴歌が、「ここの料理を作っている人に会いたいんですが」と、高級料理店に来た富裕層の客が言いそうな声がけをした。
「ごめんなさいね。どっか行ってたのを無理やり引っ張って連れ帰ってきたばっかりであの子いま手が離せないの」
そういって、両手を合わせてくれた。
「そうですかぁ」とトボけた声を出した晴歌の頭を軽く引っ叩くと同時に私は、
「いえ、とても美味しかったです。ごちそうさまでした」といって、晴歌に、「ほら、あんたも! ごちそうさまして!」といいながら、叩いた手で無理やりお辞儀をさせた。
「ごちそうさまでした!」と相変わらずな元気いっぱいの声でいうと、その人はにっこり笑って、
「ありがとう。メイに伝えておくわね! あの子きっと喜ぶから!」
まるで自分のことのように喜びながら、晴歌に負けじと元気に手を振って、ホールの仕事に戻っていった。
「会いたかったなぁ」
「まだ言ってる……なにをさっきからそんなに残念がってるの?」
「えー、朱音も会いたかったでしょ?」
「メイって人でしょ」「そう」
同意を求めているというよりは、ただその言葉を待っている感じだ。
うん。と。
多分……ううん、間違いない。
あの人だ。
見送ってくれたあの人は、あの時、あそこに居た人だった。
やるわよーーー!
雷の声。
真っ白くなった視界で見ることができなかった。
見たい! 会いたい! そんな感情が溢れて、我慢ができなかった。
でも、あそこで会えないことが分かった瞬間、安心していた自分もいた……。
怖かったのか。不安だったのか。気づきたくない感情がプツプツと音を立てていた。
「会えるんじゃない、そのうち」
だから、こんなふうに言ってくれた朱音に救われた。
「そうだね……うん! 会えば分かるね!」
だから、こういってくれてよかった。晴歌には元気が一番だ。
「どうする? 中入ってみる?」
「ううん。いい!」
「そうね。まあいっか!」
変な興奮の仕方をしていた。結果が分かってしまっているような……。
現在進行系でフワフワとしか感じとれていないのに。
感触がある。絶対に触れられないものの……。
現在進行系でスカスカとしか感じとれていないのに。
さっきまではチラホラだった音楽ホールの建物のまわりには、次第に人だかりが出来始めていた。
今日このためにここに来た人たちだろう。
「ねえ、晴歌」
「なに?」
「やっぱり私、人だかり無理だわ」
「ごめん。知ってる」
「だよね」
「うん。だから、ここじゃないよね、私たちが居るとこ」
「ね! あ、そろそろ時間。行こっか」
「おーーー!」
そんな数分のやり取りの間にもどんどんと吹奏楽のコンサート目当ての人たちが集まってきている。
「はやく! 行くよ、朱音!」
大げさに晴歌が手をパタパタして手招きしている。
「今行く」
一人、大きな流れに逆らって、ゆっくり堂々と、自然に当たり前のように朱音が歩いてくる。
「ねえ、駐輪場どこだったっけ?」
「えーっと……あれ?」
何かに押されるようにして私たちは、流れに逆らって足を進めた。
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