雨宮朱音!
もう一週間も過ぎちゃった!
まだ一週間しか過ぎてない。
いつもこの子は休み時間になると赤いヘッドホンをしている。
その姿はとても可愛い。
四六時中こうして喋りかけられることなく後ろから熱視線を受けるのにもだんだん慣れてきた。
でも、いい加減やめてほしい……。
「ねえ!」
その呼びかけは一週間ぶりだった。
「ねえってば!」
どうかんがえても私に言ってる。
はー、と諦めの息を吐く。
「何?」
「え? うそ!? ああっと」
どうしよう。
まさか私の声に返事してくれるなんて!?
「あ! そうだ!」
こいつ……特に用もないのに話しかけてきたな。
「だから、何?」
「いつもなに聞いてるの?」
はあー。さっきよりも深く息をつく。
「違うから、これ」
そういったかと思うと突然私の耳に赤いヘッドホンを無理やり被せてきた!
「え」
『どう? わかる?』
多分なにか言ってる。
口が動いてるから。
でもまったく聴こえない。
あの声が聴こえてこない。
せっかく喋りかけてくれてるのに……。
「って! え!? これって……ん?」
彼女が両手を両耳に当てたり離したりしている。
その仕草も可愛くてしばらく見ていたくなった。
無視して私は彼女の口を読む。
するとだんだん無表情だった彼女の顔がしかめっ面に変わっていく。
『は・や・く・は・ず・せ』
読みながら一緒に自分の口も同じように動かす。
にこ! っと、私は声の代わりに笑顔を贈る。
すると一瞬。ほんに一瞬だけど彼女が驚いた顔をした気がした。
「分かった? これはヘッドホンじゃなくてイヤーマフ」
「イヤーマフ? ふーん……」
「どうしたの?」
「うーん……これしてれば音が聴こえないんだよね」
「まあね……」
「ならあの時どうして聴こえたの?」
「え?」
「今だって」
「……」
理由を知ってる顔だ。
私の声が聴こえた理由を彼女は知ってる。
「朱音……さん」
「……なに?」
「私の声って――変、なの?」
「……」
「自己紹介の時にも言ったけど、私の夢って」
「歌手、でしょ」
「うん。初めて会った時言ったよね、サビのところで音程がズレてるって」
「ええ。言ったわ」
「あの曲ね、私が今まで歌った歌の中で一番歌った歌なの」
「ふっ、歌って言い過ぎ」
「ごまかさないで!」
「声……大きい。うるさいから」
「ごめん。でももしそうなら言ってほしいの!」
「なんて?」
「歌手、に、は……なれない、って」
そんなこと本当は聞きたくない顔だ。
でも待ってる。彼女は私の声を。
「晴歌……さん」
「……なに?」
「今からいうことしっかり聴いてね」
「え?」
「あと、絶対に他の人には言わないで……約束できる?」
「う、うん」
「ほんとに?」
「うん。わかった!」
元気な音。
本当にいい声。
初めて聴いた時からそう思った。
聴いたことのない音、声。
「絶対音感なの。それも、一千万人に一人しかいない特殊なやつ」
ああ。私の声ってこんな声だった。
久しぶりに自分の本物の声を聴けた。
「絶対音感って、あの?」
「そう」
「特殊って?」
「絶対音感ってだいたい二十万人に一人らしいの。で、その普通の絶対音感をもってる人って対象が単音なの。でも、私の場合、複数の音を一度に認識してしまうの。例えば、電車に乗ってる時だと、電車の振動音、車内の喋り声、風切音、それ以外にもいろいろ……」
久しぶりにこんなに一度に喋ってる。
「それって、苦しいの?」
「ええ、地獄よ」
「じごく……」
「そう……地獄……」
まだ全部は言わない。言いたくない。
今聴いてもらった事の他にもう一つ、私には特殊なものがあることを。
「で?」
「え?」
「答え。まだ聴いてない」
「ああ、そうだったわね」
私はどうしてかイタズラにもったいぶったような間をあける。
「いい声よ。とても素敵で元気な声。あなたの音はその声」
なにを言われたのか理解できない。
いい声。
そう言われたのは分かった。
でも、そのあと言ったことがよく聴き取れなかった。
だって彼女の、朱音の声は相変わらず綺麗で、まったく揺れていない。
この言葉はこの音。またそう聴こえたから。
『雨宮朱音』
私はこの名前を一生忘れない。
この瞬間そう思えた!
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