ON・楽!
西之園上実
神原晴歌……
今日から高校生。
でも何も変わらない。私は。
カンカンカンカン。
今からここを通る瞬間に、この柵を乗り越えればもう苦しまなくて済むだろう。
でも、きっとしない……私は。
「うるさい」
できるだけ小さな声で私は言う。
じゃないと踏切の警鐘だけでなくそれも同じ苦しみになってしまうから。
ガーーーガタンガタン! 「うるせーーーーーーー!」
もう何度試しただろう。
こうして目の前を通り過ぎる瞬間に電車の音に紛らせればもしかしたら大丈夫かもしれないと……。
でもだめ。
私の耳は全ての音を取りこぼすことなく確実に音として私に認識させる。
生まれた時からそう。
この耳はずっとこう。
私はいつもどおりにカバンからイヤーマフを取り出すと自分の耳に一番密着するかたちであてる。
この方法は私が消去法から編み出した妥協案。
これが一番効果的だった。世界音と私を断絶することに。
今日から高校生!
どんな風になっていくんだろう? 全然想像がつかない!
ざーーー、ざーーー。
ここで何千、何万曲と歌った。
好きなあの曲!
「やるぞーーー!」
出来うる限りの大声で私は言う。
かき消そうとしてくる目の前の波に負けないように!
ザーーッバサーーーーン! 「うるさーーーーーーい!」
あはは!
私は大声で笑う。
生まれた時からそう。
この声はずっとこう。
私はいつもどおりにカバンからイヤホンを取り出して耳にはめると、どれにしようかなっと携帯音楽プレーヤーをいじる。
この方法は私が消去法から編み出した妥協案。
これが一番効果的だった。世界音と私を繋げることに。
この世界は私にいらない……。
この世界は私に必要!
「ふー」
私は短く息を吐くと、ゆっくり電車の中へと足を踏み入れる。
「あーー!」
私は叫びながら、電車の中に滑り込むように足を踏み出す!
高校の正門を抜けると、貼り出されいたクラス表を確認した。
「……二組」
「二組!」
その声は密着しているにもかかわらず、イヤーマフを無視して私の耳に聴こえてきた。
その声はとてもきれいで、微塵も揺れていない音を私の耳に確実に届けてきた。
「あなたも!?」
「……」
「ねえ、それ」
「……」
「かわいいね! その赤いヘッドホン!」
「はあ!?」
私は思わずその子の声に答えてしまった。
「なに聴いてるの?」
「別に……」
「私はねぇ……これ!」
「え?」
強引にその子は私のイヤーマフを引き剥がしたかとおもうと、ほとんど無理やりに自分のイヤホンを突っ込んできた。
「ちょっと! なにするの!」
「いいから!」
『音楽』なんてここ何年も聞いていなかった。
それどころか、私にとって『音楽』は最大級の苦しみを与えてくるものだった。
「どう? いい曲でしょ!」
決めつけるようにいったその子の声はもう私には聴こえていない。
その曲はまだ私が幼稚園くらいに流行った曲で。
だからその曲を私は知っていた。
「あれ?」
「あ、気づいた? えへへ、それ私が歌ってるの」
正気かと私はその子のほうへと顔を向ける。
すると顔を真赤にした彼女はハニカミながらも、とても嬉しそうだった。
「……ズレてる」
「へ?」
「音程。サビの所。毎回必ずズレてるっ」
語尾を少しだけ強く言ってイヤホンを外し、彼女に突き返す。
「ちょ、どこ? どこがズレてるの?」
その強い物言いもきれいな声のままだった。
喋ったその言葉はそれが正解だという音階を奏でていた。
「待ってぇ、教室一緒に行こうよ!」
私にイヤホンを返すと同時にその子は早足で、まるで何かを悟られないのように顔を伏せ、またあの赤いヘッドホンを耳に当てて先に行ってしまった。
入学式後、各クラスに分かれ、担任の紹介、そしてクラスメイトである全員の自己紹介が行われた。
だいたいいつも私が一番最初だ。
「
私は必要最小限の文字数で自己紹介を済ませる。
一番目ということもあってか、担任教師の拍手とまばらな手拍子のような音が教室に響く。
それだけでも十分耳障りだったが、それで済んだことに私は安心していた。
「次の人」
クラス担任が促す。
「はい! 一年二組、出席番号二番!
彼女は教室の時を止め、
ふん!
現状をものともせず、鼻息のようなものを鳴らし満足したように勢いよく着席した。
はっ!? と、先に担任が何かに気づくようにして飛んでしまっていた意識を取り戻す。
「ええっと、神原さん。大変立派な夢をお持ちのようで感心しますが、学年とクラス。それに今この席順は出席番号順ですからそこまで丁寧に言わなくても大丈夫ですよ」
「はい! すいません!」
一斉に教室という名の会場がワッ! と、数多の拍手と盛大な笑い声で大きく湧く。
我慢できなくなって私は両手で両耳を出来うる最大限の力で抑え込む。
一日でこれだけの音を聴かせてきた彼女、『神原晴歌』。
私はこの名前を一生忘れないようにしていた。
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