説得という名の結託
「ねえねえ」
「……」
「朱音ぇ」
「……」
「あかねちゃーん」
「やめろ」
「あかちゃーん」
「殺すぞ」
「あ! よくない? これ。『あかちゃん』! 朱音のあだ名! どう?」
「もしそう呼んだら金輪際お前とは喋らん」
「ええー! どうしてぇ? かわいいのに」
あの日から。
私が晴歌に絶対音感のことを話した日から、こうしてこいつはやたらと話しかけてくるようになった。
今私の両耳には音を遮るものはない。
初めのうちは偶然かもしれないと思ってしていたイヤーマフは、現在となってはもう、その機能を果たさなくなった。
晴歌の声は、どんなに私が拒もうと、その声という、一音一言一句を確実に聴かせてくる。
私たちふたりは放課後、こうして誰もいなくなった教室で喋るのが当たり前なこと、日課になっていた。
「昨日考えたんだけど」
「……」
あー、この顔はまずい。私は身構える。
「スイッチっていうのは?」
「は?」
構わず晴歌の口角が上がっていく。
「しっしっしっ、コンビ名!」
「なんだそれは……」
「知ってる? 結構有名なんだよ私たち」
「……知ってるわよ。っていうか、その原因ってほとんどあんたでしょ?」
「むっ! それは違うよ。あかちゃん!」
「…………」
「あーうそ! ごめんって! でも原因は私だけじゃないのはほんとだから!」
晴歌はいちいちこうして語尾を強めて喋る。
どうやら癖とかそういう次元ではないみたいだ。
「”うるさい”のは私だけじゃないから!」
「は?」
「こーえ! この階の教室中に私達の声が聴こえてるんだって!」
「なによ……それ。晴歌だけならそれは分かるけど、どうして私まで」
「どうしてって、なにいってんの朱音。すごく綺麗だからだよ! 朱音の声が!」
こうやってウインクを決めてみてはいるけれど、いざ面と向かって言ってみるとすこしだけ恥ずかしい。
でも言いたいんだからしょうがない。
本当にそうなんだから。
あれ? でも……他にも、なにか……。
「だから出ようよ。学園祭のライブ!」
これを言うためのさっきの顔か。
「ふー。いつなの? 学園祭は?」
「え? 出てくれるの? やったー!」
「人の話は最後まで聴け。だれも出るとは言ってない。それに、出るって何に?」
「決まってるでしょ! 歌! 歌歌うの! 朱音と私で!」
そんな目と鼻の先に思いっきりグッドサイン出されても。
「歌だけ? 伴奏は? 晴歌なにか楽器できるの?」
「ううん、なんも」
またそんな堂々とした場違いなウインクされても……。
「だから楽器は任せた!」
そんなぶっとんだ丸投げを、ピースサインしながらちろって舌出されても……。
ほんとに殺したくなるでしょ!
私は脳内で、いま目の前で晴歌がしている仕草を完コピする。
「百歩譲って、私がやるっていったとして、どんなメリットがあんの?」
「それはぁ……」
どう見ても答えが出そうにない顔だ。バカの顔だ。
「あ! あれよ! 確かに朱音にメリットは無い!」
言い切りやがった、こいつ。
「でも、みんなにある!」
「は?」
「朱音の声を聴けばみんなが幸せに、いい気分になる! それってメリットよね!」
何を言い出すのかと思ったら……。
完全に脱線し始めてる。まあ、いつものことだけど。
「嫌」
「どうしてぇ?」
「わかってるでしょ」
「わかってるわよ!」
「じゃあ」
「私が嫌なの!」
「はぁ!?」
「このまま音の世界が嫌いなままじゃ嫌なの!」
それは誰のことをいってるかなんて、分かりたくもないのに分かってしまう。
「それに! やっぱり朱音にもメリットはあるわっ!」
「……だからそれはなに?」
「必ず朱音もみんなと同じ気持ちになるっ! 朱音の歌声を聴いたみんなが幸せに、いい気持になればそれと同じ、ううん、それ以上よ、きっと!」
とくになにかしらの仕草をすることない晴歌。その顔は普段の何倍も目を潤ませている。
でも、その理由がそれだけじゃないことも分かる。
「ギターなら」
「え?」
「一回。今回だけよ」
「え?」
「でも舞台はいやだから」
「え?」
「あんた……」
「え?」
「晴歌ぁ」
「…え?」
「やっぱなし」
「えーーー!」
「はい、私の勝ち!」
「えーーーーーー!!」
「あははっ!!」
久しぶりに聴いた。
自分の笑い声。
きれいかも、私の声って……。
晴歌のおかげね。
はじめて聴いた。
朱音の笑う声。
きれい。ふてくされて私とこうやって喋っているときより、その何倍も。
「ん? 舞台はいやってどういう……」
「ゲリラよ。公にしてやるなんて絶対に嫌!」
誰かさんの真似を誰かさんの目の前でしてみる。
「うっ!? じゃ、じゃあどこでやるの?」
「うーん……駐輪場とかは? あそこなら建物の影になっててそう簡単にバレないでしょ。それに、学祭中ならみんなそっちに行ってるだろうし」
「変」
「なにが」
「朱音、変」
「あんたに言われたくない」
「しししっ! なら時間も合わせよう! 体育館でやってる時間に!」
「くくくっ、いいんじゃない? それで!」
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