学園祭じゃなくて、文化祭。

「あったよー!」

でかい声で慌ただしくしながら晴歌が帰ってきた。

そんなだから、あの音に負けじとその音はちゃんと耳に届いた。

「おかえり」

私は正反対に、ゆっくり静かに告げる。


「はい! これ朱音のぶんね!」

クラス展とその地図。プログラムが書かれたパンフレットを私に差し出す。

「うん、ありがと……どうかした?」

渡すまでは私を見ていた晴歌の視線が、ズレていることに気づく。

「――聴こえる? あの音」

「――ええ」

私はそのまま視線を晴歌に向けたまま、自分の後ろから聴こえているあの音のことを言っているとすぐに理解した。

「なにしてるんだろ?」

「さあ?」

「しししっ、すごくいい音。ね!」

「そうね!」


ここに着いた時とは別人のような張りのある声、赤みがかった肌の色。

元気になったんだと、すぐに分かった。

よかった。

思わず声にしそうになる……。でも、そうしなかった。

嬉しい、けれど、悔しい。

きっと、朱音が元気になったのは、あの音のおかげ。

「相殺」

「え?」

「相殺してくれたから、あんたのバカでかい声でも」

そういうと晴歌はポカンと口をあけて、いま自分がなにを言われたのか理解できていないようだった。


「――やっぱり、ほら」

「……」

「晴歌」

「え? ああ、うん……なに?」

「ここ見て。やっぱりというか流石というか。吹奏楽のコンサート、一番最後だね。よっぽど自信があるのかしらね」

「ええ!? 朱音、聴いてこなかったの!? ここの吹奏楽の演奏」

「悪い? どっちみち、今日ここで聴くんだからいいでしょ、それも生で。なのに、どうして事前に聴いてこなきゃいけないのよ」

「まあ、それはそうだけど」

「言っとくけど、別に私たちはオーケストラやろうなんて思ってないんだからね。あくまで、私と晴歌。ふたりだけでなにかやろうってだけのことだからね!」


「しししっ」

嬉しい。

「なに笑ってんの」

今日ここに来てよかった。

「なんでもない!」

なんかもう全部どうでもよくなってきちゃうくらい。

「そう。ならいいけど」


ふたりだけ。

言って、聴いて驚いた。

それが私の声だと、最初自分の耳を疑った。


「ふふふ」

「えー、なに? 今度は朱音がじゃん!」

「いいでしょ。これでお互い様」

「もーう」


耳を疑う。なんて……。

笑えてくる。笑うほかない。


気がつくと、さっきまで駐輪場から聴こえていたあの音がしなくなっていた。

「あれ? いつの間にか女の子ふたりだけになってる」

「ほんとだ……でも、ひとりはさっきの子だけど、もうひとりは違う子になってるわね」

「どこにいったんだろ、あの男の子」

「……へえー」

「なに?」

「そうなんだぁ」

「な、なにが」

「いいやね、晴歌のタイプが判明しただけでも今日ここに来た甲斐があったというだけよ」

「……!!」

「そっかそっかぁ。まあ確かに、かわいい顔はしてたし、あんなきれいなこえだったからねぇ。ああ、でも、背だけは低かったわね」

「……ゆるせん」

「……その言葉。私が言ったことが当たってるってことになるけれど」

朱音がいままで見た中で一番顔の筋肉を弛緩させて、にしゃにしゃという音が聴こえてきそうにまで表情を緩めてる。


「でも私。背が低かったことまでは気づけてなかった」

「ふえ?」

「もしかして、朱音もあんな感じの男子が好きなの」

晴歌がいままで見た中で一番顔の奥に含みを持った、まさにあの笑い方の本当の使い方をしているような表情を作っている。しししっ、と。


「あーもう!」

「ねーもう!」

「ナシナシナシナシ!」

「ソウソウソウソウ!」


誰かが今の私たちを見たら、どれだけ滑稽に写るだろう。

でも、そんなこと関係ない。

驚くことばかり。ううん、最近はそれとは違った感覚がある。


『気持ちいい』


「店まわろっか!」

「そうね! せっかく学園祭来たんだし」


私たちは、二人して表紙にと書かれたパンフレットを必要以上に空に向かって掲げた。

灰色の空に、それは異様に白く、まぶしくて、直視できなくて思わず目を細めた。

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