到着!

「結構でかいよね」

「ほんと。それに……すごい人」


ネットの写真だけじゃ分からなかったところもあったけれど、いざ、こうして目的地であるこの高校に着いてみて私たちが思ったことは、敷地の広さ、そして、今からそこに入らんとばかりに集まった人の多さだった。


「やっぱり、吹奏楽の演奏を聴くのが目的の人たちばっかりなのかな?」

「でしょうね。何時からだっけ?」

「二時から。ちょっと着くの早すぎたね」

「いいんじゃない……せっかく来たんだし。いろいろ見てみようよ」


不安げな表情でそういった朱音を見て無意識に隠していた不安が湧き上がる。

こんなにたくさんの人がいる場所。声、物音、そんなものが無数にある空間で、朱音の耳が、朱音自身が平気なワケがない……。


「……ねえ」

「なに?」

そういって振り返った表情は普段通り戻ってる。

「……ううん、なんでもない」

私は息を呑んでごまかすしかなかった。


特殊な絶対音感。

普通の絶対音感の基本が、単音を音階として認識することに対し、朱音の場合は複数の音を和音として一度に認識してしまう。

それは地獄だと、朱音が自分でそういった。

揺らがず、その言葉が正解な音階で……。


「どこでなにがやってるか地図みたいなのがあるかもだから私もらってくるね」

「ちょ!? 晴歌っ!」


呼び止めてはしたものの、晴歌がそうしてくれただけで正直、かなり楽になった。

ここまで来るだけでも結構疲れてた。

そんな表情を晴歌には見せまいと、ずっと我慢してた。

でも、多分。いいや、絶対にあの子は気づいている。

あんな顔をして何を言おうとしたのかなんて、別に私の絶対音感じゃなくたって、友達なら気づいてしまう。

だから、こんな疲れよりも今は、晴歌にあんな顔をさせてしまったという罪悪感みたいなもののほうが何倍もキツい。


「ダメね、こんなじゃ。これから私たちはゲリラライブをやろうとしてるっていうのに……ん?」

そんなことを思ってしまっている時だった。

「なにしてるんだろ? あんなとこで」

私たちは正門ではなく、裏門だと思われるところから校内に入っていた。

そこから入ってすぐのところには駐輪場があった。

おそらく、普段ならばそこには通学のための生徒たちの自転車でいっぱいなのだろう。

けれど、今日は学園祭。

ガラガラなその場所は少し特別な雰囲気でシンとなにかを待ち侘びているようにそこにあった。


「実行委員かなにかかしら? にしても、なんだか怪しい……」

一応発起人でもあるであろう私が晴歌に提案したゲリラライブ。そして、やるのなら駐輪場がいいだろうと言い出したのも私だ。

だから、この敷地に入ったと同時に私はその場所に目がいった。


「怪しすぎる。まるで何かの準備をバレないようにしてるみたい……」

女の子ふたりの指揮のもと、男の子がなにか文句をいいながら、でも、とても楽しそうに声を掛け合っている。


「いい音」

綺麗。はじめ、私はそう言おうとしてやめた。

晴歌に出会ってから、私は自分の聴いた音を口にするとき、できうる限り素直な音にして出そうと決めていた。


「なんて気持ちいい音なんだろう」

だからこうして、そのことにまだ慣れていない私は言い直す。


自転車でいっぱい。ごちゃごちゃと騒がしい感じのする場所。

けれど今は数台だけな圧倒的な隙間は、その寂しさをまざまざと私に物語ってきていた。

でも。


「先輩」「なに?」「ねえ、これは?」

響き渡る声たちは、それぞれひとつひとつが強く、大きく、所狭しと鳴っている。

特にあの二人。


動作ひとつとっても俊敏で、一言一句が瞬く。

踏み出す足音は強く低く、時には、軽く高く鳴る。


三人の中で一番ぎこちなく不安げで、迷いながらも一生懸命な彼。

でも、そんな彼が一番強く、大きな音を鳴らしている。

不安定な全力。そんな様子が一段と彼を煌めかせる。

フワフワと漂い、瞬間で強くも弱くもなる。


雷と風。


わかりやすく、強烈に、私に印象付けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る