自覚

突然体が押される。

どうやら観衆の一部が体勢を乱されたからだった。


「あの人だ」

同様に、私も体勢を乱されながらも、その原因が大きな荷物を抱えた響さんだと気づく。


「響さん?」

「そう。でもあれってどういうことなの?」

響さんは、両手でキーボードを持って「どいて!」と叫びながら観衆を掻き分けていく。


「一緒になって演奏するんだよ、きっと」

「え?」

晴歌の冷静な声は、今日初めて聴いた響さんのあの整った声にあまりにも似ていてびっくりする。

あの中に入っていくつもりなの? あの、嵐の中に……。


演奏をしていた二人が駆け寄って、響さんを観衆から引っ張り出す。


急いでキーボードをセッティングしていく響さん。


三曲で終わるはずだったライブを、晴歌の声を起点にしたアンコールによって続けるつもりだろう。

だとしたら、あの、先ほどまでの荒れに荒れた演奏、自由過ぎる音に、響さんの音が加わったら……。

加わる? そうじゃない。

むしろ、マイナスになるんじゃないの?

あんなに伸び伸び、縦横無尽に吹き、鳴り響いた音を、あの人なら整えてしまう。

それはある種、制御といったふうに、コントロール下に置くことになってしまうんじゃないのか?

奇妙な不安や心配が、体の中をまたグルグルかき混ぜる。




「あー、あー、うん。」

興奮した観衆の中、私は発声練習をする。

「よし……大丈夫ね。」

だから言わせてもらおう。

「違う」

しっかりしなさいよ! なに!? その演奏は! 中途半端ですらない。

ただただ自分で自分の首を絞めてしまっているだけ。

ほんっと腹立つ! あんたの演奏、音はそんなじゃないでしょ!

自覚しなさい!

あなたの音を!!

これで終わりな三曲目の最後。

ギターを弾くあの彼に向けて私は、声をかけ続け、視線を送り続けた。

図々しくも、私の呼びかけがきっかけで彼は、自分の音に気づいたと、本当に勝手にだけど、そう思ってしまった。

想いが伝わったんだと……。




興奮冷めやらぬ観衆に応えて、四曲目が始まる。

ものすごい速さで。

私だけを残すようにして。


「!」

「なに!?」


弾き始めたものの、そのきっかけは違った。


「しししっ! いいね! あの声!」

晴歌の、彼に対する評価の声がする。


あの声……。


そうなんだ。

晴歌にはそう聴こえたんだ。

だとしたらそれは、そのまま私への評価だ。

すぐ近くにいるあの二人も驚いてる。彼の声に。

だとしたら、あの声は聴こえてないことになる。


聴いたことのない三つの声。

多分、親子の会話だ。

父親、母親、それに男の子の三人。

弾むリズム。三色のメロディー。ゆっくりで速いハーモニー。

幸せで……でも、もう二度と聞けない声。

なんていい音。

気持ちがいい音なの。


三人の声が私の体を包んでしまった。


「いいなぁ、」

「ね! いいよね!」

ううん、そうじゃないのよ晴歌。

「見て朱音、あの人、響さんすごいよ!」

「ほんとだ……」

響さんの音が見事に混ぜている。

思い過ごしすること自体おこがましかったんだ。


三つの音が一つに聴こえる。

ギターとドラム。風と雷。それをさらに響さんのあの音がかき混ぜ、ひとつにまとめ、形成する。

『音楽』と昇華させ、私の耳に届く。

見事としか言いようがない。

あの整い、律する音は、それだけじゃなかったんだ。


「混ざりたい」

誰にも聴こえないように、さっきの続きを声にする。

まったく……こんなことを言ったところで無駄なのに。

正直に、純粋になればなるほど、あの無垢な音は強く私に届くんだから。


彼が腕を突き上げた。

そこにはスカーフのようなものが巻かれている。

黄昏の空。

水色は混ざることなく、唯一そこだけがくり抜かれている。

まるで、私に向かって「それは違う」と否定しているように。

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