リフレイン
「フフ~ン、フーン」
「またその曲」
「いいでしょ~、べつにー」
晴歌が曲調を乱さずにこたえる。
「そこ違う」
「うそ!? あれーおかしいな~」
私が指摘した音程を、リアクションだけはさすがにそうはできず、けれどまたすぐにあの旋律に戻して歌う。
このあいだ行った高校の文化祭で聴いた最後の曲。
晴歌はすっかりあの曲の虜になっていた。
「でも、さすがに私もあれには驚いたなぁ」
「ねえ、凄かったよね。あれは」
それは帰りの道中、電車に乗り込んだときに起きた。
すでに晴歌はあの曲を聴いた直後から口ずさんでいて、駅までの帰り道でもやめなかった。
あまりの音量に私が、声大きい! と注意したのにもかかわらず、調子を崩そうとしなかった。
そのまま駅に着き、ホームで電車を待っている間も変わらず。
まさか、電車に乗り込んでまでもはないだろうと思っていると、晴歌自身がきづいていなかったのか、音量もそのままに乗り込んでしまった。
その時だった。
晴歌の歌声を起点にして、ポツリポツリと、そこら中で、あの曲を口ずさむ声が聴こえてきた。
調子に乗った晴歌が、ここぞとばかりに声を張り上げ、乗客たちと一緒になって、すでに合唱と化した車内目一杯にその歌声を轟かせた。
「そういえば朱音、よくあんな大勢の声の中で平気だってね」
「だったねって……なにをいまさら」
そうだ。
そこに関しては私自身が一番不思議に感じていた。
ああ、そこ違う。
もっとゆっくり。
遅れてる。
あれは例外……。
車内に響いた声たちに向けて私は、逐一指摘していた。
とてもじゃないけれど、あり得ないことをしてしまっていた。
「あれからしなくなったね、イヤーマフ」
「まあ、ね」
さらに不思議だったこと。
あの合唱を聴いたときから、なぜか私はイヤーマフをしなくてもよくなった。
けれど、その理由は分かってる。
あの曲を聴いたから、あのライブを見たからだ。
私も歌った。
電車の中で起きたあの合唱に私は参加しなかった。
驚いたからだとか、恥ずかしいからとかじゃない。
それならば、あそこにいた何人かの中にもそういう人はいたはず。
でも、口ずさみ、歌詞がないあの曲を歌っていた。
ならいつそうしたのかといえば。
久しぶりの遠出に、晴歌のテンションにほどされて、大勢の声を無防備に受けて、そして、あの音を聴いて、自分の思っている以上に疲弊した体を湯船につけた時だった。
ふふーん、ふ~ん、と浴室に響くそれが、最初なんなのか分からなかった。
疲れているのにもかかわらず、一音も狂うことなく鳴るその音が、自分の歌声だと気づくのに数小節かかった。
驚き、戸惑い、すぐにやめようとした。
でも、できなかった。やめたくなかった。この音が聴こえなくなるのが嫌だった。
結局私の歌は眠るまで続いた。正確には、いつ眠ったのか記憶がなくなるまで。
「ねえ、朱音」
「なに?」
「あの曲、弾いて」
「だから……できないって。ちゃんと憶えてないし」
忘れるわけない。
ひとりになると私は、あの時聴いたあの四曲すべてを口ずさんでいた。
今日はどの曲にしようか。
あれ昨日歌ったから、今日は……いや、でもやっぱり。
そんなふうにして、毎日。
「歌うのは?」
その晴歌の問いは、いまから私が言おうとしていたことだった。
「もちろん!」
「やったー!」そういって、登校途中の坂道を駆け上がっていく。
あの坂ほどじゃないけれど、そこそこの傾斜があるのにもかかわらず、晴歌が一気に登っていく。
もともと、別々に登校していた私たちはある日、この坂を見つけた晴歌が、「一緒に登校しようよ!」と言ってきたことで、時間を合わせることにした。
当時使っていた通学路の倍近く時間がかかる道筋だったが、初めての道をイヤイヤ着いていった先に待っていたこの坂は、あの坂だった。
曇り空。
そこに届くように伸びた坂。
しっかりとかかる足への負担を感じながら、「早く!」とあのときの仕返しでもしているかのように声を張り上げる晴歌を見上げる。
「待ってろ! すぐ追いついてやる!」
晴歌が私の言葉を聴いて口を空けて驚いている。
私は、そんな顔を見たくていったから、しししっ、と音を鳴らし、駆け上がるスピードを、速さをさらに上げた。
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