第16話 『恵み』と【晴れ】と「プラスマイナス」
『は?……な、なんデスか、その暗号みたいなのは……ぜ、全然覚えられなかったんデスけど……』
《安心してくれ。そうだろうと思ってこれもプリントアウトしておいた――ほら》
『め、めちゃくちゃ用意周到デスね……ええと、
ヒント1
×3+(⑦+一)+② (-父の妻)+(母-左)
ヒント2
Ⅰ私の主義
Ⅱ私のボケ
Ⅲ私の理由
………………あ、改めて見ても全然意味が分かりまセン。ヒント2は言葉の意味は分かりますけど、それの何がヒントになっているのかさっぱりデスし……』
《はっはっは! まあそうだろう。1の数式に関してはこれだけではヒントになりきれていないので補足しようか。
この中のどれか一つ――『実際にはつけられなかった名前』に対してこの式を計算すればその解が『本当につけられた名前』になる、という具合だ。当然、名前の左側には左の式、右側には右の式が対応している》
『な、名前に対して計算デスか……分かったヨウな、よりややこしくなったヨウな……』
《うむ、それではヒントとはちと違うが、『背景』を伝えようか。我が父、青龍寺
『え? で、でも、人数はある程度自分で決められるとしても、男女の産まれる順番は、不確定じゃないデスか』
《ああ、だから男女がどんな順番になっても円環するように、全てのパターンでの名前をあらかじめ考えていたんだ》
『はえー……そこまでして名前をループさせたかったんデスか』
《まあそういうゲームめいた事が好きな人間だからね。。だが、物事は往々にして想定通りにはいかないものだ。とある事情により正解となる人物にはその名前をつける訳にはいかなくなった。それによって、五人の円環は崩れる事になってしまったんだ》
『そこまでこだわっていたのに、ループじゃなくしちゃったんデスか? とある事情というのはよっぽどの事だったんデスね』
《まあそうなんだろうね――さあ、この『背景』は何かのとっかかりになったかな?》
『い、いえ……それどころか逆に混乱してきたような……途中の⑦とか②は表記からシテ、前提問題のヒント1と関係あるのかな……と思いますケド、×3とか+とかが組み合わさるとさっぱり……右側の方もとっかかりがなさすぎてちんぷんかんぷんデ……ヒント2の方も――会長の主義とボケと理由?……それが一体なんだっていうのでショウ……うむむ』
《ほう、フワリス君は手詰まりのようだね。他の二人はどうかな?》
【………………………………………】
「………………………………………」
《ふむ、その沈黙は敗北宣言と受け取ってもいいかな? とすると
『ちょ、ちょっと待ってくだサイ! まだ問題が出されたばっかりじゃないデスか! もうちょっと考える時間を――ええと……
×3+(⑦+一)+② (-父の妻)+(母-左)
…………………………だ、駄目デス! どう解けばいいのか全然分かりません……』
《私も忙しい身だ。いつまでも時間を与える訳にはいかない。そうだな……あと五分以内に解けなければ――》
「
《なんだい、
「この問題はそんな短時間で解くのには難易度が高すぎます。明日まで……一晩考える時間をくれませんか?」
《却下だ》
「そこをなんとか……」
《くどい》
「いや、でも――」
『ユ、ユイト! アキホが一度決めたルールを曲げてくれるとは思えまセン……それよりも答えを考える事に時間を使った方が……』
「いやだって今日はこんな天気なんだぞ……ここまで土砂降りだと気が散ってまとまるものもまとまらない。恵みの雨とはいうけれど、この状況においてはマイナスだ。予報によると明日は雲一つない空みたいだから、そしたらいい考えも浮かぶかもしれない」
《………………》
『ど、どうしちゃったんデスかユイト、そんな小学生みたいな言い訳しても――』
「青龍寺会長、日付が一つ足されると今日とは正反対の天気になるんですけど……待ってもらえないですか?」
《……………………いいだろう》
『デ、デスから、そんなの認められる筈が――え?…………いいだろう?』
《灰咲君。念の為、君の考えをもう一度要約してもらってもいいかな?》
「はい。恵みの雨も今はマイナスで、日付が足されて晴れになれば、解決する……です」
《…………なるほど、承知した。君の要求を呑む事とする》
『い、いいんデスか?』
《おや、フワリス君は延期には反対かな?》
『い、いえいえ!……ありがたい話なんデスけど、なんで急にそんな心変わりを……』
《はっはっは! 私は気まぐれなんだよ。では『白黒つけよう会』の諸君、明日までの命にならないように頑張ってくれたまえ。今日の所はさらばだ!』
『で、出て言っちゃいまシタ……どこまで自由なんでショウか……』
【ふう…………………まったくだわ】
『で、でもとりあえずは命拾いしまシタ……ユイト、ありがとうございマス』
「はは……駄目元だったんだけど、とりあえずゴネてみるもんだな」
『じゃあ早速三人で問題の答えを考えるとしまショウか!』
「……いや、実はさっきは口実みたいに言ったけど、雨の音がすごすぎて集中して考えられないのはほんとなんだ。今日は解散して家でヘッドホンでもしながらでゆっくり考えたい」
『そ、そうなんデスか? まあこれだけの雨は珍しいデスけど……夜にかけて更に強くなるみたいデスし、たしかに早く帰った方がいいかもしれまセン。サヤカはどう思いマスか?』
【そうね。今日の所はここで解散でいいと思うわ。でも、私はもう少しここに残ってみる。灰咲君とは反対で、多少の雑音があった方が考えが進むタイプだから。それに、もう少しで何かが閃きそうな予感があるの……振りかかる火の粉は、なるべく自分の手で払いたいし】
『分かりまシタ……いままでに無い形ですが、それぞれ別々に頑張ってみるという事にしまショウ! あ、でもあんまり遅くなると雨が酷くなりますから程々にしてくだサイね、サヤカ』
【ええ、ありがとう。適当な所で切り上げるわ】
『絶対にサヤカを渡す訳にはいきませんカラね! 私も何か思いついたらすぐにLINEしマス。ユイトも集中できる環境で頑張ってくだサイ!』
「ああ、それじゃまた明日」
◇◇◇◇◇◇◇◇
【…………………………………………ふう】
《おやおや、随分と深い溜息じゃないか》
【……入室する時はノックしてもらえますか、青龍寺会長】
《おお、こいつは失礼。親しき仲にも礼儀ありというからね》
【親しいもなにも、私達がまともに話すのは今日初めてですけど】
《おお、随分と設定に忠実だ。ここにいるのは二人きり――もうそういう体は必要ないと思うがね》
【その設定やら体やらをやらせたのは他でもないあなたでしょう――姉さん】
《はっはっは! その通りだな愛しき我が妹よ》
【残念ながら一方通行ね。私は愛しいつもりも、親しいつもりも全くないから】
《そんな事言うなよ、お姉ちゃんは悲しいぞ……》
【そういう本心と表情が全く乖離している所が嫌いなの……というか今回は一体どういうつもり? 私に事前に連絡を入れた上でわざわざ乗り込んできて――私を生徒会に入れたいのならもっと強引にやればいいでしょう?】
《おいおい、それはさっきお前が自分で指摘した『つまらない』方法じゃないか。それではお前の悔しがる様が見られない。『会長としての権力を行使されたらもうどうしようもない』という諦観しかな。それよりも、一度希望を与えてから、それを打ち砕かれた方がより絶望を引き出せるじゃないか。お前が愛してやまない『白黒つけよう会』総出で挑んでも負けた――となればそれはより顕著に現れる》
【……相変わらずいい性格してるわね】
『そうだろうそうだろう』
【褒めてないんだけど……】
《はっはっは。まあともかく『
という風に円環で繋がる筈だった》
【まあ愛人の子ではループに組み込む訳にもいかないものね――というか姉さん、どういうつもり?】
《ん? 私は常に自分の人生を面白くするつもりだが?》
【――っ。そういう事じゃなくて……難易度よ、難易度。あらかじめ清香という答えが分かっていればそこから逆算する事はできるけど……そうじゃなきゃ解くのはほぼ無理よ、あんな問題。それに――そことは全く別の、構造的欠陥を孕んでいる】
《ああ、あの宣言の事だな》
【そう……私達が勝った場合、その顛末の『一部始終を生徒会メンバーに報告する』というアレ……つまりこの場で
《しかも当人がこのような桁違いの美貌を誇るとなれば、マスコミの恰好の餌食――今までのように『白黒つけよう会』で静かに活動する事は困難だろうな。しかし、解けなければ黒妃清香はそのまま生徒会に奪われてしまう――はっはっは! この戦いは『白黒つけよう会』にとって、仕掛けられた時点でほぼ詰みゲーだった訳だ》
【ほぼ? まるで盤面をひっくり返す奇跡の一手が存在する、みたいな言い方ね】
《おお、やはり灰咲君の目論みはまんまと成功した訳だ》
【……え?】
《愛する妹よ……その一手は存在するどころではない。既に打たれているのだよ》
【……どういう意味かしら。それに灰咲君が何か関係しているの?】
「ああ。それはそうと――」
【なに?】
《お前、灰咲君のこと好きだろう?》
【ぶふううううううううううううううううううううっ!!】
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