第29話 『論理』と【心理】と「真実」
《
『い、意味が分かりまセン……わ、私がそうかどうかはともかく……善い人が嫌いなんてどういう――』
《過ぎたるは及ばざるが如し――知ってるか? 戦争を引き起こしてんのは全て極悪人って訳じゃねえ。テメエみてえな極端な善性を持ったやつらがその原因になったりしてんだぜぇ。オマエも将来、間接的に人を殺すかもしんねえなぁ》
『こ、殺っ……』
【フワリスは今、全く関係無いでしょう。善性云々についても極論が過ぎるわ。謂われのない中傷はやめてもらえるかしら。不愉快よ】
《あー、まあ優等生で常識人の
【見透かしたような事を言わないでくれる? 私は別に――】
《というか、テメエは好き嫌以前の問題だ。なーんの臭いもしねえからなぁ。言葉、仕草、表情の全てが薄っぺらくて表面的……なぁオマエ、なんか隠してんだろ?》
【っ……】
《そんだけ蓋をされてちゃ、なーんも臭ってきやしねえ。もっと心の奥のドロドロしたもんを見せてくれよぉ――あ、やっぱ前言撤回。テメエみてえなクッソつまんねえ奴も嫌いだわ。ギャハハハハハハハハハッ!》
【………………】
「
《おいおいおいおい、まさか説教かぁ? よりにもよってオマエにだけはそういう事されたくねえなぁ。アタシと同類の
「ど、同類?」
《まあ評判はきいてたが、実際に嗅いで確信した。オマエからは同じ穴のムジナの臭いがプンプンするぜぇ……》
「……全く意味が分からない。俺とお前の共通点なんて――」
《アタシもお前も『辿りつける奴』だって言ってんだよ》
「何を……言ってる?」
《クク……この『白黒つけよう会』の中核はオマエなんだろ? 相談者も加えて議論を交わしながら、最終的にはオマエの閃きで悩みや謎が回収する事が多いときいた……つまりは『真実』に辿り着く力を持っているってこった。しかも学んだとか訓練したとかじゃなく、息を吐くように自然に正解を導き出す……アタシも同じだ。 まあ、前の学校では出しすぎて嫌われちまったけどなぁ》
「違う……俺はお前みたいに、理詰めで逃げ道を潰し、相談者を追い詰めるようなやり方は絶対にしない。たとえ結果がよくないものだったとしても伝え方ってもんが――」
《ハッ! 過程の話なんざしてねえよ。アタシの論理的アプローチとオマエの心理的な側面からの閃き――方法は完全に真逆だが、その先にある真実はただ一つ。アタシはそこに辿り着く為の圧倒的な力を持っている。今までの人生で比肩するような奴はただの一人もいなかった。だがオマエは香る……強烈に臭う! 同類の臭いが!! 欲しかったんだよアタシは。同じレベルで人間の醜さを指摘してキャッキャ言い合えるトモダチがなぁ》
「友達?……この状態でよくそんな事が――」
《――が、なんだこの体たらくはぁ?》
「なに?」
《今のこれは勿論、昨日の相談も然りだ。アタシの話に感心したように頷いてばかりでなーんの役にも立ちゃしねえ……噂は嘘だったのかと疑いたくもなるわなぁ》
「そもそも買い被りすぎだ……あんまり褒めたくはないが、あそこまで見事な論理展開に対抗できるような閃きなんて、俺は持ち合わせていない」
《いんや、違うなぁ。アタシの鼻は絶対だ。伝聞だけならガセだったで済むかもしんねえが、この臭いは嘘をつかねえ……じゃあオマエが不調の原因は何か?――それは『悪意』だ》
「悪……意?」
《ああ。昨日のは心理的要素が絡むことのないパズル的なものだったから、不得意分野って事で説明はつく。が、今回のは違う。バリッバリに人の心理が絡んでやがる。だが結論が人間の汚さを凝縮したクソみたいなもんだったから、オマエの脳は無意識にフィルターをかけていたんだ。『そんなはずない。こんな酷い事が起こるはずない』ってなぁ》
「…………」
《思わなかったか? そこのマヌケが、指輪は自分宛のプレゼントだったってはしゃいでた時、あまりにも出来すぎていると。ほんとにそんな陳腐なハッピーエンドで終わりだと思ったか?》
「……状況的には別に不自然ではなかっただろ。ここ数回はちょっと珍しい相談が続いたけど、過去の例からしてみても、劇的な結末や真実なんてそうそうあるもんじゃない」
《ハッ、でも今回はあっただろうが。オマエがもっと疑って思考を深めていれば、アタシより先に真実に辿り着けたかもしれない。そうすればもっとお優しい伝え方ができたかもなぁ……》
「そ、それは……」
《アタシが『不都合な真実』を指摘してやらなきゃ、浮気野郎からのLINEがくるまでオマエら四人で『都合のいい虚偽』を信じ込んで能天気に喜んでたままだったなぁ――おいおいおいおい! 全然白黒つけられてねえじゃねえかぁ!》
「ぐっ……」
《オマエの――いや、オマエらの敗因は人の善意を盲信しすぎた事だ。不可解な事や不自然な事の裏は、大体うす汚ねぇ悪意に塗れてるもんなんだよぉ》
「……………」
《ま、アタシに並ぶ素質はあるんだろうが、発揮できねえじゃ無いも同然だ。期待したアタシは馬鹿、で結局オマエらは三人揃ってカスだったって話だな、ヒャハハハハハハハハハハハッ!》
「…………赤ヶ原の態度は絶対に認められないが…………指摘は正しい。若葉先輩……本当に申し訳ありませんでした……」
【そうね……折角私達を頼って相談してもらったのに……面目ないです】
『はい……ごめんなサイ、サツキ……』
〈……………………〉
「赤ヶ原の言う通り、もっと慎重に考えを――」
〈……あのね灰咲ちゃん。私いま、事実を受け入れるのにいっぱいいっぱいで……正直それ、どうでもいいかも……だって赤ヶ原ちゃんだって『白黒つけよう会』なんでしょ? 言動はともかくとして、彼女が真実を明らかにしたんなら……君達が謝る意味がちょっと分かんないな」
「【『――っ!』】」
《ヒャハハハハハッ! この期に及んでまた間違ってやがる。こいつにとっちゃアタシ達の関係性なんざ、なんの関係もないんだよ。こいつの言う通り真実は明らかになったのにオマエらマジでなんで謝ってんの? 知ってるか? こういうの自己満って言うんだぜぇ》
「【『…………』】」
〈………………………ねえ赤ヶ原ちゃん、ついでにもう一つ教えてくれる?〉
《あ?》
〈命は……あの子はなんでわざわざ私にあんな事を――『雅志とマネージャーの子が一緒にアクセを選んでるのを見た』なんて事を教えたの? それは…………それは、自分に対してのプレゼントだって分かってたんでしょ? なんで……なんでそんなひどい事したの?〉
《知るかよ、バーカ》
〈……え?〉
《アタシはあくまで論理的に今回の事を証明しただけだ。『エメラルドの指輪は武者小路命に贈られるものだった』って真実をな。アタシは神でも魔法使いじゃねーんだ。その疑問に答えるにゃ、材料が足りなすぎんだろ》
〈そっか……そうだよね……〉
《まあさっき灰咲結人が読み上げてたメモの会話は、信憑性を持たせる為の完全なでっち上げだって事は確定したがなぁ……そもそも、あんな事細かに覚えてる訳ねえだろうが。クク……不自然極まりねえってのぉ》
〈………………………〉
《ま、それはおいといて……武者小路命がそんなえげつねぇ事した理由を想像するだけならできるぜぇ》
〈ほ、ほんと?〉
《ああ。まず考えられるのは『見世物』説だ》
「……見世物?」
《武者小路命はそろそろ浮気してる事を白状しようと思ったが、当然オマエとの関係性はぶっ壊れる。どうせそうなるんだったら、よりショッキングにバレるような展開にして、翻弄されるオマエの様を見て楽しもうって腹だ。どうせ縁切るなら最期に盛大に花火打ち上げとくか? みたいなノリでよ》
〈なっ……そ、それは絶対違うよ! 命は……命はそんな事する子じゃないって!〉
《親友の男を寝取る子ではあるけどなぁ》
〈っ…………〉
《これはお気に召さないみたいだからもう一ついくか。『卑怯者』説》
〈…………〉
《武者小路命は浮気をしている事をオマエに伝えなければ、とは思っていた。が……そのふんぎりがつかない。自分から罪を告白する勇気がない。だが、浜松雅志にその役を被せようにも、のらりくらりと逃げられてその気がなさそうだ……そこで武者小路は一計を案じる。そして『浜松の口から浮気を告白せざるを得ない』状況を作った》
〈……私に情報をリークすれば雅志を問い詰めるだろうって事?〉
《ああ。そして実際にそうなった。だがここで想定外の事態が発生する。追い詰められた浜松は覚悟を決めるどころか、プレゼントを落とすなんて失態をやらかし、おおまけにそれが『若葉さつき宛』のものだった、なんてウルトラCの嘘八百を繰り出しやがった……クハハ! 二人して往生際が悪いなんてレベルじゃねーだろこれ! 卑怯者同士のカップル、お似合いなんじゃなねえの?》
〈………………それも、違うと思う〉
《んだよ、これも駄目か? んじゃ、ギア上げてもっとクソみてえな説いくぜぇ。お次は――》
〈……ごめん、やっぱりもういいや〉
《はぁ? オマエが聞きたいって言い出したんだろうが》
「うん……でもやっぱり、推測の域を出ないから」
《だったらよこせ、材料を》
「……え?」
《武者小路命と浜松雅志の情報だよ。二人の性格、趣味嗜好、『事件』前後の様子――材料が増えるほど真実に辿り着く可能性が上がる。だから早くよこせ! アタシがクソみてえな悪意をつまびらかにしてやんよ!!》
〈ごめん……やっぱりもう……そういうのは……いくら可能性が上がるっていっても、推測での悪い話は聞きたく……ないよ〉
《だったらテメエが直接問いただせばいいだろうが》
〈……っ!〉
《一番簡単で確実な方法だろぉ?》
〈そんな事……できる訳…………ないじゃん〉
《じゃあアタシが聞いてきてやんよ。論理以外で解決すんのは好みじゃねえが、こんだけ面白そうな案件なら話は別だ。どーれ、部活中の浜松んとこに乗り込んで――》
〈やめて!〉
《あー、うっせー。だったらウダウダ言うんじゃねえよ。そもそも真実を知る覚悟もねえんだったらこんなとこに依頼なんかすんなバァーカ!》
〈うん……ごめん…………そうだね……………………私、そろそろ失礼するね……ちょっと行くとこあるし〉
《あ? 一体どこだよ?》
〈野球部の……部室。練習中はあそこの鍵……空いてるはずだから。雅志の鞄にこれ……入れておかなくちゃ〉
《はぁ? 意味分かんねえな。なんでそんな事すんだよ?》
〈だって……返してくれって言われたし。俺を信じてくれって言われたし……〉
《オ、オイオイオイオイ、マジかよこの女! そんなの百億パー虚言だって小学生だって分かんだろうが。いいか、お前のそれは信じてるんじゃねぇ。現実を受け入れられなくて縋ってるだけだ……だ、駄目だ……アホすぎて笑けてくる、ギャハハハハハハハハハハッ!》
〈……………………っ!〉
『あ、サツキ、まってくだサ――』
《おいおいおいおい、学習しねえなぁ、白姫チャンよ。そうやって引き止めてんのも自己満だっつってんだろうが》
『そ、それはそうかもしれまセンが……あんな言い方しなくたっていいじゃないデスか!』
《カハハッ! 怒り慣れてない奴が頑張ってます感バリバリだぜ。これっっっぽっちも怖くねえわ。大体、追いかけた所であいつにかける言葉なんてあんのかよぉ》
『そ、それは……』
《ねえだろ、バァーカ。浜松雅志と武者小路命は完全なクロ。正に白黒ついたんだから万々歳じゃねえか》
【それでもこれは……『白黒つけよう会』の目指した姿ではないわ。ただ真実を投げつけて、相談者を傷付けただけじゃない……こんなの……こんなものはっ……】
《ハッ、その真実がクソみてえなもんだったんだから仕方ねえだろ。それともなんだ。頭でも撫でてカワイソカワイソしてやりゃ、それでめでたしめでたしなのかぁ?》
【そうでは……ないけれど……】
《つーかオマエ、たしか『悪い方のパターンを想定する』担当なんじゃねえの? クハハ、ひとっつもできてなかってじゃねえか。つ・ま・り、『汚れ役をを買って出てる私』に酔ってるだけ……肝心な時に、ほんとに汚い部分は指摘できねえ役立たずってワケだぁ》
【っ…………】
「赤ヶ原、それ以上の中傷はやめろ」
【クク、事実を言ってるだけなんだがなぁ。やっぱりオマエらは人の悪意から目を背けすぎなんだよ。だから負ける! だから『お優しい伝え方』ができねぇ! だから相談者をクソみてえな目に遭わせる!】
「……たしかに今回は結果的にそうなってしまった。でも赤ヶ原――やっぱりお前のやり方は間違ってる。『白黒つけよう会』の一員としては認められない」
《ハッ、こっちから願い下げだってのこの期待外れ共が!――って言いてぇ所だが、そうは問屋が卸さねえねえなぁ》
「……なんだと?」
《オマエらに対する興味はこれっぽっちもなくなったが、この環境は最っっっ高だ! ほっときゃ謎や相談が自分からホイホイやってくる。まあ今日みたいな当たりはそうそうあるとは思えねえが……こんなもんを手放すのは馬鹿のやる事だよなぁ》
「それはお前の都合だろ。こっちに受け入れる気は――」
《なあ、この『白黒つけよう会』――独自の会則は存在するのか?》
「は?……いや、そんなのは作ってないが……」
《だったら生徒会の定めた同好会のテンプレ規約に則るって事だよなぁ……おっと偶然にもここにその小冊子が。入会・退会に関するページを見ると……なになに、『退会に関しては本人の意思が最大限尊重されるものであり、第三者が無理矢理留めようとしたり、逆に強制的に辞めさせるような事があってはならない。但し、後者に関して著しく一般常識から外れた行動を取ったり、悪質な校則違反がみられた場合、当該同好会の活動に支障をきたすような迷惑行為があった場合はこの限りではない』――なるほどぉ。アタシにはまーったく当てはまんねえなあ。ちーとばかし口は悪かったかもしれねえが――支障をきたすどころか、相談者の悩みにばっちり答えを出して、会の評判を上げちまったもんなぁ》
「………………」
《ヒャハハ! じゃあそういう事で明日からも顔出すから――これから末永くよろしくな、セ・ン・パ・イ達》
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