第30話 『キャーキャー』と【ギャーギャー】と「キラキラ」

「……………………………」

【……………………………】

『……………………………』





《どもども、こんちは~》





赤ヶ原せきがはら……」



《あらら、どしたん? な~んかみんな元気ないみたいだけど》



「…………一体誰のせいだと思ってんだ」

《たしかに昨日はの私がちょっとばっかし迷惑かけたね~》



【……あれがちょっと?】

《あ~、そんなに睨まないでよ黒妃くろき氏。ただでさえダルいのに、余計疲れちゃうから。あ、でも君達よりも私よりも元気ない人もいたな。昼休みにたまたま若葉わかば氏の事目撃したんだけど、まるでこの世の終わりみたいな顔してたよ~」



「お前……だから一体誰のせいだと――」



『ま、待ってくだサイ、ユイト、サヤカ。昨日酷い事をしたのはユラじゃありまセンよ』

《う~ん。白姫しらひめ氏は相変わらずの博愛主義だね。でも残念ながら、ユラなんだな、これが》



『……え?』



《たしかになった時はいわゆる暴走状態で、攻撃的・挑発的な言動を繰り返すけど、ひっこめようと思えばいつでも下がらせる事はできる。あくまで主人格は私だからね》

『じゃ、じゃあなんでやらなかったんデスか?……』



《これは異な事を。あれこそが私の望みなんだからひっこめる訳ないよね。言ったでしょ、人の醜い部分を暴いて、曝してる時にだけ『生』の実感を得られるって。その瞬間だけは灰色だった世界に色が付く……そんな最高の時間、自ら放棄するなんてありえんでやんす》

『そ、そんな……』



《まあでも私は別にこの『白黒つけよう会』をひっかき回そうとか思ってないからね。仲良し三人の輪に入れるとも思ってないし、相談者が来ても、すみっこの方でひっそりと話をきいてるからどうぞお構いなく~》

『お、お構いなくと言われまシテも……』



《とりあえず、ダルくて仕方ないんで昨日同様にぐで~、っとしてんね。その時がきた時だけがまたお世話になると思うから、そん時はしくよろ~」

「くっ……」



【……どうするの、灰咲はいざき君】

「どうするもなにも、昨日既に予防線を張られてるしな……あんな風に規約を盾にされたら、強制的に退会させる事はできな――ん?」



【ノックの音、鳴ってるわね】





〈すまない。相談があるんだが入らせてもらってもいいかな?〉





「あ、ああ、はい。勿論です、どうぞ」

〈それでは失礼するよ〉



『…………わあ』

〈ん? どうしたのかな?〉



『あ、す、すみません……あまりに凛としているのでつい声ガ……なんかオーラが出てるていうか、キラキラしてるっていいマスか……』



〈はは、そいつはありがとう〉

【顔立ちもそうですけど、姿勢がとても美しいわ……ひょっとして演劇かなにかの経験がおありですか?】



〈いや、まったく。私としては普通にしているだけなんだが……まるで某歌劇団の男役みたいだ、と言われてしまう事はよくあるよ〉

『ああ、なるほど! ものすごくしっくりくる表現デス! なんか女の子からキャーキャー言われてそうデスね』



〈ああ、たしかにそういう面がない事もないね。なにせ中には――おっと、まだ名乗ってもいないのに話が脱線してしまったね。私の名前は武者小路むしゃのこうじめいという〉



「【『――っ!?』】」



〈おや、どうしたのかな? たしかに珍しい名字ではあるが、そこまで驚くような事ではないと思うんだが〉



「あ、いや、すみません……ご、ごほん……二年一組の灰咲結人ゆいとです」

【同じく二年一組、黒妃清香さやかです】

白姫しらひめ・ラ・フワリス デス! よろしくお願いしマス!』



「うん。君達三人の事は承知しているよ。しかしながら……そちらで机に突っ伏しているお嬢さんは?」



《……赤ヶ原遊楽ゆらだよ~。私はおまけみたいなものなんで、どうぞお気になさらず》

〈はは、なかなかユニークな人材が揃っているね。ともかく、今日はよろしく頼むよ〉



「は……はい。で、では早速相談内容を伺います」

〈承知した。だがその前に、君達に謝罪しなければならない事が――〉




{め、命様あああああああああっ!}{どこ! どこにいらっしゃるんですか!}{本番だった昨日より、今日の方が危険よ。抜け駆けしようとする輩がいるかもしれないわ!}{あっちよ! あっちの方に向かった気がするわ!}{私達で命様を守るのよおおおおおおおおおっ!!}




「な……なんだ?」

『な、なんか外から怒号と地鳴りが……』

【武者小路先輩を探している風でしたけど……】



〈ああ、すまない。あれは私のおっかけの子たちなんだ〉

「お、おっかけ?」



『す、すごいデス……キャーキャー言われてるってレベルでは収まらないんジャ……』

【ギャーギャー言われてたわね、どちらかと言うと……というか、こんなの現実に存在するものなのね……】



〈はは、やや攻撃的なきらいはあるが、悪い娘達ではないんだ。他の人の迷惑にならないようにしてくれとは常々言っているんだけどね〉

『なんか、本番とかきこえまシタけど、あれは一体……』



〈うん。私は普段、おっかけの娘達からの直渡しプレゼントは受け取らないようにしているんだ。気持ちはありがたいのだが……彼女達、だからトラブルになりかねないだろう?〉

「ええ……なんか想像できます……すごく」



〈で、それは彼女達も共通認識として持ってくれているんだ。でも、新規でおっかけになってくれて決まりを知らない娘や、抜け駆けしてプレゼントを渡そうとする娘もちらほらいるので……彼女達の相互監視の目は、かなり厳しいんだ〉

「ええ……ほんとに厳しそうですね……すごく」



〈そしてこれは今回の相談にも関わってくる事なんだが……昨日は私の誕生日だったんだ。決して自慢する訳ではないんだが、相当な混乱が予想された〉

「ええ……するでしょうね……すごく」



〈だから彼女達の相互監視の目は年一の厳戒態勢だった訳だ、昨日は。『本番』というのはそういう意味合いだね〉

『な、成程……あの様子では、昨日プレゼントを抜け駆けして渡す事は絶対に不可能デスよね……』



〈それに関して、相談の前に謝罪しなければならない事がある〉

『ん?……そういえば、さっきも何か言いかけていまシタよね?』



〈ああ。正直に言うと、私は今日、元から君達に相談しようと思ってここに赴いた訳ではないんだ〉

【それはどういう意味でしょう?】



〈君達も先程きいた通り、今日はおっかけの娘達の気が立っていてね。私は文字通り、追いかけられていたんだよ〉

【まあ気が立っているどころか鬼気迫る感じでしたけど……】



〈その表現の方が正しいかもしれないね。そして実は彼女達はあれで全員という訳ではないんだ。いくつかのグループがあり、みな同じように私を探し回っている〉

「もうマンガじゃないですか……いやでも、今まであのおっかけの人たち、今まで一回も目撃した事ないな……あれだけ目立ってれば嫌でも目に入ってきそうなものなのに」



〈普段はあそこまで過激な娘達ではないんだ。ちゃんと節度を持って私に接してくれているんだが――まあ彼女ら曰く、今日が危険らしいから大目に見てやってほしい。だが、昨日今日のみとはいえ、彼女らが極度の興奮状態にあるのもまた事実――そんな中で、私が特定のグループと会話などしていては、他のグループを刺激しかねない。本日は誰にも接しない方がよいだろう、と判断して逃げ回っていたという次第なんだよ〉



『気の遣い方がもうアイドルレベルじゃないデスか……』



〈はは、そんないいもんじゃないさ――まあそういう訳で逃走中だった訳なんだが、そんな中でふと『白黒つけよう会』の看板が目に入ったんだ。君達の噂はかねがね耳にしていたからね。丁度、気になっている謎もあった事だし、扉を叩かせてもらった〉

『ほう、謎デスか』



〈ああ。だが先程話した通り、純粋な相談目的のみで来訪した訳ではない。ここへ入ってきたのは、正直おっかけの子達からの緊急避難的な意図も多分にあるんだ――誠に申し訳ない〉

「え……ちょっ……な、なんで頭下げてるんですか?」



〈まるでついでのように相談を持ち込んでしまっては、日々真剣に活動している君達からすれば、侮辱と映るかもしれない――不快に思ったのであればいますぐ出て行く〉



「い、いやいやいや! 気にしすぎですって武者小路先輩」

『そ、そうデスよ。それにそんなのわざわざ言わなければ、私達には分かりっこないデスのに……』



〈いや、それでは仁義に反する〉

【…………かっこいいわね、この人】

『ええ、あれだけキャーキャー言われるのが少し分かった気がします」



【そして、ただ頭を下げているのがこんなに絵になるなんて、なんの冗談なのかしら……】

『はい、なんか映画のワンシーンみたいです……』



「て、ていうかいい加減頭を上げてください、武者小路先輩」

〈……そうか。ではお言葉に甘えよう〉



『メイ、『白黒つけよう会』は誰でも何でも気軽に相談できる場所デス。そこまで堅苦しく考えていただかなくても大丈夫デスよ』

【その通りです。そしてこれから議論する上でふざけまくるでしょうから、むしろ怒られるのは私達の方です】

「いや、ドヤ顔で言う事じゃないからなお前……」



〈はは、気遣いありがとう黒妃君。大分気持ちが軽くなったよ〉

「いや、気遣いとかじゃないんですよ……ほんとにふざけるんです、黒妃は……」



【ほんとにふざけるんです、黒妃は】

「綺麗に復唱するんじゃねえよ!」



〈ふふ、仲がいいんだな、君達は〉

『はい、私達は淫猥いんわいで繋がっているんデス!』



「信頼だろ! それだと乱○サークルみたいじゃねえか!」

『日本語は難しいデス……』



〈はは、大分前置きが長くなってしまったが、相談に入らせてもらおうかな――まずは君達に見てほしいものがあるんだ。箱から出すから待っていてくれ………………よし。これなんだが――〉



「――っ!? こ、これは……」



〈綺麗だろう? エメラルドの指輪だ〉

「え、ええ……」

〈どうしたんだい、なんだか妙な反応をしているね?〉



「い、いえ……そんな事は……」

【……ごめんなさい。あまりに美しいので、少し言葉に詰まってしまっただけかと】

『デ、デスデス! めちゃくちゃキラキラしてますヨね!」



〈それは嬉しい言葉だね。大人達が贈答するような高級なものではないのに、それでいてここまでの輝きを放っているのが素晴らしい。よく吟味して選んでくれたのが目に浮かぶようだよ〉



〈誕生日プレゼントとして貰ったものなんだ――ああ、先程の話と矛盾するようだが、これは校外でから渡されたものなんだ。さすがにおっかけの娘達の目もそこまでは及ばないからね〉

「な、なるほど……」



〈でもちょっと気になる点があってね〉

『気になる点、デスか?……見た感じ別に変な所はないように思えマスけど……』



〈ああ、たしかに表からでは分からないね。問題はリングの内側だ。そこに名前が刻んであるんだが――それがちょっと妙でね〉

【妙? 文字の削り方が雑だとか、そういう事ですか?】

〈いや、もっと根本的な問題でね――刻まれている文字が『Minami』なんだ〉



「え?……『ミナミ』?」

『ちょ、ちょっと待ってください、そんなのおかしいデス! なんで『メイ』じゃないんデスか!?』



〈おや白姫君、何か反応が過剰だね?〉

『はっ!……あ、い、いえ……し、知らない名前が出てきたんで驚いてしまって……き、気にしないでくだサイ、あはは!』



〈ふむ……まあ白姫君の言うとおり、おかしいのはたしかだ。自身の色恋沙汰には明るくないのだが、普通、こういうのは私の名前が記されていて然るべきだろう〉



【ですね……でも、その『ミナミ』というのは一体どこの誰なんでしょうか?】

〈うむ、おそらくこれは野球部マネージャーの『広末ひろすえみなみ』君の事だろうな〉



「【『野球部マネージャー!?」】』

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