第28話 『生』と【生】と「高笑い」

〈ちょ、ちょい待ち! そいつぁ穏やかじゃないぜ赤ヶ原せきがはらちゃん……雅志がやっぱり浮気してるって?〉

《うん。残念ながら確実に》



〈か、確実? だ、だって私、これもらったんだよ?〉

《エメラルドの指輪だよね。おかしいと思わない?》



〈……え?〉

若葉わかば氏。エメラルドって五月の誕生日なんだけどご存じ?》

〈……そ、そうなの? 私、宝石とか疎いから全然分からなくって――ん?〉



『ユラ、私にも何がおかしいのかさっぱり分かりまセン……だってさつきの誕生日は五月なんですから、なにもおかしくないと思うのデスが』

《ん~。白姫しらひめ氏、なんで若葉氏の誕生日は五月だと思ったのかな?》



『だ、だって『さつき』って名前デスし……それにさっき、シンジが『遅れてごめん』という風な事をって言ってたって――それって何日か遅れちゃったって事デスよね?』



《ひとお~つ。『さつき』という誕生日が五月を示す『皐月』由来とは限らない》

〈う、うん……たしかに私の名前はお父さんが尊敬してた、学生時代の先生からもらったって言ってた……〉



《ふたあ~つ。『遅れた』っていうのは数日の話なのかな?》

『……え?』



《昨日の若葉氏とのやりとりで気になる表現があったね。『ほぼ学年違いなのに姐御』って》

『ああ、たしかにありまシタね。でもそれが何カ?』



《あの時、白姫氏は何かを言いかけて止めたね~。それはなんで?》

『い、いやだって、学年違いっていうからには、サツキは留年したんじゃないかッテ……そこをほじくり返すのは悪いデスし……』



《ん~。白姫氏、流れで話してたから違和感に気づけてないね。『ほぼ学年違い姐御』って言い回しは、若葉氏がじゃないと出てこないと思わないかい?》



『あっ……い、言われてみれば確カに。私、逆に考えていまシタ――でも、という事はサツキは飛び級かなにかしてるって事デスか?』



《残念、それもちょっと違うね~。だとすると今度は『ほぼ』という表現がちょっと微妙だと思わんないかい? 飛び級したんなら『確実に』年齢は違う訳だし。それに、校内情報に疎い白姫氏や転校間もない私はともかく、飛び級する程の才女ならば他の二人は噂くらい耳にした事はあるはず――灰咲はいざき氏、黒妃くろき氏、どうかな?》



「いや……俺は全くきいた事がないな」

【……そう……そういう事……】



《ん~。黒妃氏は気付いたみたいだね。そう、そんなに大袈裟な事じゃなくて、若葉氏はってだけ》

【早生まれは『一月一日から四月一日生まれの人』の事――四月二日生まれの人と四月一日の人では、同じ学年であるにもかかわらず、ほとんど一年の差が出る】



《そういう事~。まあそこまでピンポイントではないにしても、若葉氏の誕生日は三月下旬~四月一日の間と推測される》

「あ、合ってる……私の誕生日は三月二十九日……早生まれの中でもかなり遅い方」



《だよね~。で、その誕生日であれば『学年違いなのに姐御』、という表現も不自然ではなくなる。で、ここで本題。若葉氏――浜松氏は当然、あなたの誕生日は知ってるよね?》



〈う、うん。勿論雅志は知ってるよ……だからさっき、エメラルドが五月の誕生石だってきいた時におかしいな……って〉



《そう。それが、そのアクセサリーが他の人間に贈られるはずのものだったっていう根拠》

〈は、はは……でもそんなの推測じゃん。あ、そうだ! 雅志だって宝石なんて疎いはずだから、何も知らないで単純に私に似合いそうなものを選んでくれただけかも――〉



《わざわざ父親がジュエリー会社に勤務してる子に手伝ってもらったのに?》

〈うっ……そ、それは……〉



《更に補強するならば若葉氏――三月の誕生石はアクアマリンなんだよね》

〈え?……ア、アクアマリンって――〉



《そう、若葉氏の大好きなの宝石》

〈――っ!〉



《①異様に青が好きで

 ②誕生日が三月の人に

 ③宝石に詳しい人間の意見を聞いた上で

 ④緑のエメラルドを

 ⑤誕生日プレゼントとして

 ⑥ほぼ二ヶ月遅れで贈る

 ――これだけ不自然が並べばそれはもう偶然ではありえない》



〈そ、そんな……じゃあは本当に――〉

《うん。残念ながら若葉氏の為に選ばれたものじゃない》



〈う、嘘…………嘘だよそんなの! じゃあ……じゃあなんで雅志は私にこれを渡したのっ!? おかしいじゃないのさ!〉



《反射的な行動だよね~、おそらく。まさか購入現場を見られてるなんて夢にも思ってなかっただろうから、言われた瞬間、ほぼパニック状態に陥ったはず。だから鞄から落としちゃったんだろうね。で、その場凌ぎの嘘として、若葉氏の為のものだった、という事にしてしまった》



〈そ、そんな……でも……でも、雅志は自分がどんな不利益を被ったとしてもし、人間なの! これだけは確か! あまりに融通がきかなすぎて喧嘩になった事もあるもん! その雅志が……『………………プレゼントだ』って言ってたんだから間違いないでしょ!〉



《『誰の』とは言ってないよね? 『若葉氏以外の五月生まれの誰か』に向けたプレゼントだったとしても、嘘を言っている事にはならない。まあ浜松氏が絶対に嘘をつかないというのも、どこまで信憑性があるかは定かではないけども》



〈じゃ、じゃあ『遅くなってしまって申し訳ないと思っているのだが――』とかボソボソ言ってたのは!?〉

《申し訳ないと思っているのは嘘ではないんでない? ただ、思ってるだけで、今後も若葉氏に渡す気はないってだけで》

〈――っ!〉



《そもそも、興奮していて一部よく聞こえてなかったって言ってたよね? 記憶ははっきりしてる? 渡されたって言ってたけど、本当に浜松氏から『君へのプレゼントだ』って言って手渡しされた?》



〈そ、それは……『………………プレゼントだ』って言われた瞬間に私、舞い上がっちゃって……『ありがとー!』って、ほとんど奪い取るみたいな感じになっちゃったかも……で、その足でそのままここに駆け込んできて――〉



《成程~。じゃあ浜松氏は今、焦りの極地にいるはずだね。この後、彼はなんとしてでも指輪を奪い返そうとするはず。まあ方法はいくつか考えられるけども――》



〈あ……ま、雅志からLINEのメッセージが……〉

《ありゃりゃ、タイミングいいんだか悪いんだかだね~》



〈――っ!?〉



「わ、若葉先輩、まさか――」

〈うん……………………………………『指輪を返してくれ』って」



【『「なっ……!?」』】



〈『理由は言えない』って……『本当に申し訳ないが、俺を信じて返してくれ』って〉

『な、なんデスかそれ……そんなんで返せる訳ないじゃないデスか!』



《まあ仮に取り返した所でその場凌ぎにしかならないけどね~。浜松氏、よっぽど動揺してるみたいですな》

〈わ、私は信じない! 私以外の誰かに渡す為のものだなんて!……じゃあ言ってみてよ! この指輪が一体誰宛のものなのかを!〉



《あ、りょ~かい》

〈えっ!……わ、分かるの?〉



《確定ではないけど、今までに出た情報から数人には絞れるよ。まず考えるべきなのは、浜松氏はなぜ今日、誕生石をあしらった指輪を学校に持ってきていたのか? って事だね。まあ答えは単純――今日がその人の誕生日だから》

《――っ!?》



「若葉先輩……?」



《『若葉さつき』の『さつき』は五月と関係なかった訳だけど、登場人物の中でもう一人、それっぽい人がいるよね。仰々しい漢字なのであんまり結びつかないけど、五月を表す『May』を冠する関係者がいるよね?――武者小路むしゃのこうじめいっていう》



『【「なっ……」】』



「ちょ、ちょっと待て! む、武者小路命だって?」

『サ……サツキの親友じゃないデスか! あ、ありえないデスよ!』

【そ、そうよ……それに名前が命というだけでは、五月生まれと断定するには根拠が弱すぎるわ】



《ん~。五月どころか、今日だって断定できるもっと直接的な手かがりもあったよ》

【……え?】



《若葉氏は昨日、モテるという武者小路氏に対して、こんな旨のコメントをしていた。『明日はプレゼント攻めにあうんじゃないか』っていうね。昨日からみた明日というのは即ち『今日』――バレンタインとかの特別なイベントでもない今日、プレゼント攻めが予想されるという事は、武者小路命の誕生日は今日なのではないか、という推測が成り立つ。まあ校内で数人は同じ誕生日がいるかもしれないから、数人には絞れるという表現になったんだけどね。まあここで全く関係のない第三者が絡んでくる可能性よりも、浜松氏の思い人は武者小路命だとした方が自然――》



〈は、はは……なに言ってんの赤ヶ原ちゃん。冗談キツいって……命だけはありえないよ。だって、私の一番の親友なんだもん。これが……この指輪が命に当てたものだなんて……………………………………………………………………………………え?〉

「ど、どうしたんですか、若葉先輩」



〈う、嘘…………………………………そんなの……嘘だよ…………〉

【そんなにまじまじと見つめて……指輪の裏に何か書いてあったんですか?】



〈……刻んで……あるの……アルファベットで…………………………『Mei』って〉



『ええっ!?……じゃ、じゃあこのネックレスは本当に……サツキ宛てのものではなく……メイに……武者小路命に贈られる為のものだったっていうんデスか?」



〈なんで?……だって親友だよ?……命だよ? そんな事ある訳ないじゃん……恋人だよ? 雅志だよ? そんな事ある訳ないじゃん……なのに……なんで?……なんで……………………『Mei』って書いて…………あるの?〉



「赤ヶ原先輩……」

『そんな……これが……真実だっていうんデスか?』

【これでは……あまりにも救いがなさすぎるわ】



《は……》



「ん? どうした赤ヶは――」




《ははははははははははははははははははははははっ!!》




【なっ……】

『どっ……どうしたんデスかユラ?』



《あっはははははははははははは! これが笑わずにいられるかよぉ!》



「せ、赤ヶ原?……な、なんだ……急に人が変わったみたいに――」

《これだよこれぇ! が求めてたのはこういう謎だったんだよははははははははは!》



『ユ、ユラ……本当にどうしちゃったんデスか?」

【か、髪の毛もかき上げて顔つきもまるで別人……二重人格……だとでもいうの?】



《あー、まあそうなんだろうなぁ。昨日の名前当てみてえなヌルい事件じゃ、くる価値が見出せねえもんよ。こういう最っっっ高におもしれぇやつじゃなきゃなぁ》

「な、何を言ってる……?……こんな酷い結末の何が一体面白いっていうんだ?」



《分かんねえかぁ? アタシをビンッビンに震わせるのは人間の醜さに起因する『謎』なんだよ。嫉妬、愛欲、裏切り、欺瞞、ぜーんぶクソみてぇに薄汚くて、愛すべきさがだ! 心の奥底のそれを暴いて、曝して、握り潰す。この世にこれ以上のエンタメなんて存在しねえだろ? ははははははははははははっ!!》



『ユ、ユラ……一体……何を言ってるんデスか? も、元のゆるっとしたユラに戻ってくだサイよ』

《アタシに死ねってか?》

『……は?』



《さっきまでの抜け殻状態じゃ、くたばってんのと同じなんだよ。アタシが『せい』を感じられるのは人間の『なま』の感情に触れた時のみ! それが汚ければ汚い程……醜ければ醜い程ハイになる! クッハハ! そういう意味じゃ、こいつの親友と恋人はメッチャクチャ優秀だぜぇ……ありがとよぉ!》



『や、やめてくだサイ! 被害者であるサツキによくそんな酷い事が――』

《くっせぇんだよ、お前》



『……え?』

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