第32話 『ギッタギタ』と【メッタメタ】と「ポイしてる」

《ハッ! まやかしたぁ随分と大口叩いたなぁ……いいぜ、聞いてやるよ。どの部分がそうだってんだ?》

「全部だ」



《……なにぃ?》

「ああ。今回のそのそもの発端は、浜松はままつ先輩とマネージャーの広末ひろすえが一緒に指輪を選んでいたのを、武者小路むしゃのこうじ先輩が目撃した事だった――そしてそれを若葉わかば先輩に報告した」

《だなぁ》



「武者小路先輩は浜松先輩が浮気をするような人間ではないと知っていたが、『二人の様子が恋に浮かれているものだった』から、疑念を抱いてしまった」

《ああ。最初にきいた時は浜松雅志とマネがデキてんだと思ったが――実は武者小路命へのアクセ選びをマネが手伝ってたってオチだ》



「だとしたら、浮かれているのは浜松先輩だけじゃないとおかしくないか? 広末みなみは一体誰に恋心を向けていたんだ?」

《ハッ、女ってのは共感でできてる生き物なんだよ。大方、浜松雅志の武者小路命への熱にあてられて、つられて脳内ピンクになっちまったんだろうよ。》 



「そういう可能性もゼロじゃない――だが単純に、広末自身誰かに恋心を抱いていたと考える方が遥かに自然だ」

《誰か? あー、まさかオマエ、浜松雅志って言いてえのかぁ? クク、おもしれえ事考えんじゃねえか。マネまで横恋慕してたとなりゃ、余計にややこしい事になん――》



「違う」

《あ? じゃあ一体誰だってんだよ》



「武者小路命だ」



《……んだと? 武者小路命? おいおいおいおい、オマエなにふざけた事言っちゃってんだ。んな女同士で――いや、待てよ……》



「そう。武者小路先輩は同姓から異様にモテる。それこそマンガみたいな追っかけが出来るくらいにな。その中の一人が広末だったとしてもなんら不思議じゃない。それは本気の恋愛感情なのかもしれないし、恋心と見紛う程の強烈な憧れなのかもしれない」



《じゃあなにか?……武者小路命が目撃したのは『に思いを寄せながらアクセを選ぶ広末南だった』とでも言いたいのか?》



「そうだ。補足するなら『広末が武者小路先輩へ贈るプレゼントを手伝う浜松先輩』だったんだ」

《ハッ、さっきの言葉、そのまま返してやんぜ。だったら浮かれてるのは広末南だけじゃねえとおかしいだろうが。浜松雅志は一体誰に恋心を向けてたってんだよ》



「当然、若葉先輩だ」

《……あ?》



「つまり、その時のアクセショップでの光景は『広末が武者小路先輩へ贈るプレゼントを手伝う浜松先輩』であり、『浜松先輩が若葉先輩へ贈るプレゼント選びを手伝う広末』でもあったって事だ。これならば、二人が『恋する目』をしていたという武者小路先輩の証言とも矛盾しない。浜松先輩も広末も、その場にはいないへとその目を向けていたんだから」



《オイオイ、浜松雅志が若葉さつきへのプレゼントを選んでたってトンデモ説はどっから来たんだ? んな事が分かる情報、今までに出てきてねえだろうが》



「いや。浜松先輩が指輪を落としてしまった時に『以前は気恥ずかしくて贈り物など出来なかったのだが……最近、考えを改めさせられる事があってな……』と言っていた、という若葉先輩の証言があった。広末の武者小路先輩への思いに触れ、好きな人にプレゼントをする事に対しての意識の変化があった……熱にあてられたのは広末ではなく、浜松先輩だったって事だ」



《クハハ、無理矢理こじつけた屁理屈にゃ矛盾が発生してんぜ。お互いに手伝ってるだぁ? 浜松雅志にはアクセの知識なんざこれっぽっちもねえだろうが》



「だな。だから俺は、前者に関しては『選び』を手伝う、という表現はしていない。浜松先輩が広末を手伝ったのはだからだ」

《あん?……話が見えてこねえなぁ》



「武者小路先輩のファンの間ではプレゼント禁止が暗黙の了解になっていた。抜け駆けなんてできないように、厳しい監視の目が張り巡らされている。誕生日ともなればその警戒度は他の日よりも一層高まっていた。おまけに武者小路先輩自身も、追っかけからの直接的なプレゼントは断るようにしているという話だった。このような状況の中、浜松先輩が『Mei』と刻印された指輪を持っていた理由は――」

《…………渡す役を、頼まれた?》



「そうだ。家が隣ならば校外で渡す事容易だろうし、幼なじみの浜松先輩が中継すれば、とりあえず受け取ってもらえる可能性は高まる」

《待てよ。その推論には無理があるぜ。若葉さつきの前で指輪を落としちまった時の浜松雅志の行動だ。ただの運び屋で自分にやましい事がねえなら、その場で弁明すりゃいいだけの話だろうが》



「ここで、武者小路先輩が耳にした、アクセショップでの浜松先輩と広末の会話がキーになってくる。あの時に俺が読み上げただ――若葉先輩が置いていったメモを、念の為保管しておいたんだ。まずは最初の二文……読み上げるな。



「「この事はぜーったいに秘密ですよ」」

「「ああ、もし露見したら厄介な事になるからな」」



――あの時俺達は『やましい事はないが、バレるとあらぬ噂が立つからそれは避けたい』という意味だと勘違いしていたけど、観点できくならば――『武者小路ファン連中にバレると事なので、広末が武者小路先輩に指輪を贈る事は、無事に渡し終えるまで、誰にも話さない』という約束ともとれる」 



《いや、そんなの若葉さつきに事情を説明して、その上で口止めすりゃいいだけの話だろうが》



「浜松雅志は絶対に嘘をつかないし、愚直なまでに約束を守る男――たとえ自分が、だ」

《はぁ? んだそりゃ……それにしても限度があんだろうがよ》



「限度の基準は人によって違う。エメラルドの指輪を落としてその存在がバレてしまった後の、浜松先輩の『……プレゼントだ』というセリフにもその辺の苦渋が滲み出ている。これは本当にプレゼントなので嘘はついていない……だが、約束があるから広末から武者小路先輩へのものだとは言えない……急なアクシデントで動揺していただろうに、そこで踏みとどまって約束を守るとは……驚異的な義理堅さと頑固さだよな。そりゃ、それが原因で喧嘩になる事もあるだろう」



《……そこまでのクソバカ野郎だったから、若葉さつきへの懇願LINEが 『事情は言えないが、俺を信じて指輪を返してくれ』なんて、クソみてえな内容だったって事か?》

「そう……あの時点での浜松先輩としてはそう伝えるしかなかったんだ」



《ギャハハ! そんな事言われてはいそうですか、ってなる女がいるわけねえだろうが!》

「でもいた。若葉先輩は信じた。浜松先輩の言葉を――いや、彼そのものを信じて、指輪を返した」



《おいおいおいおい、さっきの『Minami』刻印は夢かなんかだったのかぁ。百歩譲って今披露したオマエの妄想が合ってたとしても、若葉さつきが勘違いで嫉妬に狂い駅前ダッシュして『Minami』指輪を準備した事実は変わんねえだろうが。現にとんでもねえもん返された浜松雅志は、それを武者小路命に渡しちまってんだよ》

「それも違うんだ、赤ヶ原」



《…………んだと?》



「ここでも武者小路先輩がきいた事が重要になってくる……こっちも読み上げるぞ。



「「内側に入れる名前はお互いのものがいいですね!」」

「「いや、現時点でそれは重すぎる。各々自分のものにするのが妥当だ」」

「「えーヤダヤダ! そんなの絶対つまんないです! 相手を感じた方がいいし、相手にも自分を感じてほしいもん!」」

「「押しつけではなく、相手の気持ちも考えるべきだ――そんな最低限の斟酌もできないようなら……この話はなかった事にしよう」」

「「は?……な、なんでそんな淡泊な言うんですか! わ、分かりましたよ……不本意ですが、自分の名前で許すとしましょう」」

「「うん。素直なのはお前の美点だな」」

「「でもな……でもなぁ……」」



――ここでも俺達は勘違いしていた。

『若葉先輩への指輪に『Masasi』と入れるか『Satsuki』と入れるかで揉めている浜松先輩と広末』だと。

でも、観点できくならば

『武者小路先輩への指輪に『Minami』と刻印しようとするも、それを浜松先輩にとめられている広末』ともとれる」



《ハッ、だからどうした? それがそうだったとして、話の流れ通りに諦めて、武者小路命あての指輪には『Mei』刻印がしてあったじゃねえか》

「でも、実際に渡された指輪に刻印されていたのは『Minami』だった。広末の希望通りに」



《だーかーらー、それは嫉妬にかられた若葉さつきが急いで準備したもんで――待てよ?……希望通りに?》



「そう。会話の最後、彼女は明らかに諦めきれていない様子だった。だが、これ以上ゴネても頭の固い浜松雅志は折れないだろうし、協力打ち切りを示唆されてしまっている――でも、どうしても『Minami』指輪を渡したい……では、どうするか?」

《まさか………………すり替えたとでも?》



「その通りだ。時系列的にはまず若葉先輩が、野球部部室に入りこんで浜松先輩の鞄へ指輪を返した。その後、広末は野球部メンバーが練習に励む中、こっそりと抜け出してこちらも部室に侵入。そして、浜松先輩の鞄の中に入っている『Mei』指輪と自分が持っていた『Minami』指輪を差し替えた。練習が終わり、部室に戻ってきた浜松先輩は鞄から指輪を発見。当然、蓋を開けて中身の確認はするだろうが、出てくるのは想定通りのエメラルドの指輪だ。内側の刻印までチェックするとは思えない。ei事に深く感謝して、当初の予定通りそれを武者小路先輩に渡した」



《クッ……ハハハハハハハハッ! よくもそこまでこじつけストーリーを考えついたもんだなぁ。妄想もここまでくると笑けてくるぜ!》

「妄想じゃない。この流れでなくては今現在、広末南がエメラルドの指輪をしている事の説明がつかない。お前の説――若葉先輩が『Mei』指輪を『Minami』に差し替えたんだとしたら、残った『Mei』指輪は若葉先輩が所持しているはずだ」

《ああ、もしくはギッタギタのメッタメタに潰した上でポイしてるか――だろうな》



「じゃあ俺の考えが正しいと認め――」

《いんやぁ。浜松雅志が武者の小路命へ贈る指輪選びを手伝って、広末南が自分でもそれを欲しくなっちまったとしても不思議はねえよなぁ? 所詮は婚約指輪でもなんでもねえ、ただのアクセだ。ただ単にテメェでテメェに買ったんだろうよ》



「この状況で、そんな都合のいい偶然が――」

《ある訳ないって? いいぜ、じゃあ広末南にたしかめてみようぜぇ。そこで万が一内側に『Mei』刻印があったら負けを認めてやんよ――でも、この『白黒つけよう会』はそういう事しねえんだろう?》



「ああ」

《ヒャハハッ! んじゃあまだまだ勝負はつかねえなぁ。じゃあ次はアタシがオマエの説の不自然さを指摘してやんよ》

「不自然さ?」



《そうだ。オマエが言うには、浜松雅志が広末南とした約束は『エメラルドの指輪を渡せるまでは、広末南が武者小路命にそれを贈る事は他言無用』って感じだったよなぁ?

「ああ。詳細は分からないが、概ねそういった内容だったと思う」



《だったらよお、昨日夜の時点でその約束は終わってるよなぁ? したら浜松雅志はソッコーで、誤解を解く為に若葉さつきに連絡すんだろうが。『さっきの指輪は広末南から武者小路命へのもので、自分は運び屋をやっていただけだ。約束があったので、鞄から落としたあの時点では説明できなかった』ってなぁ》

「…………」



《仮に電話が繋がらなかったとしても、SNSで経緯を送る事はできる。最悪、ブロックされてたとしても、若葉さつきの親友の武者小路命が目の前にいんだ。連絡してもらう事はいくらでも可能――なのになんで今日、若葉さつきはまだこの世の終わりみたいな顔してんだろうなぁ……ん? 浜松雅志と武者小路命は最低の浮気カップル、若葉さつきは陰湿意趣返し女って方がよっぽど自然だろうが! クッハハハハハハハハハハハハハハハ!!》



「……どうしてだ?」

《あ?》


「どうしてなんだ? 赤ヶ原、オマエはどうしてそこまで人の悪――」





〈みんなーーーーーーーーーーーーーっ!!〉





「っ!?……わ、若葉……先輩?」

〈あ、めんごめんご! またまたノックすんの忘れちった、あはは! あまりに嬉しくってつい、ね〉

《嬉しくて……だとぉ? オマエ一体どういう――》



〈今度こそ……今度こそ、ほんっとにぜーーーーーーーーーんぶ解決したの!〉


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