第2話 『尻』と【ぞうさん】と「スットコドッコイ」

《あの……二年四組佐藤藍さとうあいです。よろしくお願いします》



【二年一組黒妃清香くろきさやかよ。今日は相談にきてくれてありがとう】

『同じく二年一組、白姫しらひめ・ラ・フワリス、デス。よろしくお願いしますね、アイ!』

「二年一組、灰咲はいざき結人ゆいとだ――って佐藤、なんか表情硬くないか?」



《そ、そりゃそうですよ。校内の有名人達ってだけで緊張してるのに、近くで見たらオーラ凄いし……》

【灰咲君、ちょっと離れてもらっていいかしら? 佐藤さんがあなたの犯罪者オーラを怖がってるわ】



「いやいやいや、どう考えてもそういう意味合いで言ったんじゃないだろ……」

『そうデスよ。もう、サヤカはいつもユイトに辛辣デス。アイ、安心してください。ユイトはものすごいハラスメント男デスから!』

「お前の方が100倍辛辣ですけど!?」



『ご、ごめんなサイ……『ハラハラする要素ゼロの、面倒見がいい男の子』と言いたかったんデス……』

「いやいや分かんないから。それどう間違ってもハラスメント男にはならないから……」

『日本語は難しいデス……』



【でもあながち間違っていないわ。灰咲君は現に今、テーブルの下で私のお尻を触ってるもの】

「とんでもない事言い出したよこの人……」



【ああ、私も言い間違えたわ。触られてるのはお尻じゃなくて内側広筋ないそくこうきんだったわ】

「どこだよそれ!?」



大体四頭筋だいたいしとうきんと呼ばれる筋肉群の一つデスね。大腿四頭筋とは、内側広筋の他に、中間広筋ちゅうかんこうきん大腿直筋だいたいちょっきん外側広筋がいそくこうきんからなりマス。まあ平易に表現するのなら太股ふとももという事で差し支えないカト』

「こんだけ流暢に喋れる奴がさっきみたいな間違いすんのおかしいだろ!」

『日本語は難しいデス……』



《な、なんか皆さんの会話……お笑いの人みたいですね》

【あら、ようやく表情から硬さが少し抜けたわね。よかったわ。さっきまでの感じだったら、落ち着いて相談できないでしょうから】



《……もしかして、私の緊張をほぐす為にわざと変な事を?》

【そうよ】



「いや、騙されちゃ駄目だぞ佐藤。黒妃はただふざけたいだけだから」

【そうよ】



「いやそこは否定しろよ……」



【そうよ、かあさんも長いのよ】

「なんで急に『ぞうさん』歌い出した!?」



《………………》



「ご、ごめんな佐藤。うちはいつもこんな感じなんだ」

《あ、だ、大丈夫です。ちょっと圧倒されちゃいましたけど、こういうスタイルだって事は噂に聞いてたんで……一見ふざけてるみたいだけど、最後には必ず解決に導いてくれるって》



【そうなの。不思議な事に私達がふざけてるうちに、いつの間にか問題が解決してるの】

「なんでキリッとした顔でそんな事言えるんだよ……まあとにかく佐藤、相談の内容を聞かせてくれるか?」



《あ、はい。中身としてはものすごくシンプルなんですけど………………私、好きな人ができてしまいまして……その人の事を考えるだけで、もう夜も眠れないといいますか……》

『わあ、素敵じゃないデスか! それでそれで? どこのどちら様なんデス?』



《はい、同じクラスの花宮爽介はなみやそうすけ君っていうんですけど……》

【あら、それはまたハードルが高い所にいったわね】



『え? サヤカはその人を知ってるんですか?』

【知ってるもなにも、相当な有名人よ。『天冥てんめい雪月花せつげっか』ってきいた事ない?】



『いえ、初耳デス……』

【まあフワリスはそういう方面疎いものね。まあ平たく言えばこの私立天冥学園においてトップクラスにモテる男子三人の事よ。

テニス部の雪野ゆきの清春きよはる、演劇部の月影つきかげまこと、そしてサッカー部の花宮爽介。容姿もその分野における実績も飛び抜けているという――まあいわゆる二物を与えられた人達ね】



『へえ、そうなんデスね……で、アイはその中のソウスケを好きになってしまったという事デスか』

《は、はい……そうなんです。私、昔から惚れっぽくて……一生懸命練習してる姿を見てたらグッときちゃったんです……私なんかがつり合う存在じゃないっていうのは重々承知してます。恥知らずって思われるのが嫌で、ここにくるのも躊躇してたんですけど――》



「そんな事、思う訳ない」

《え?》



「人を好きになるのにつり合うつり合わないなんて、関係ない。その誠実な想いを恥だなんて思う奴は、ここにはいないよ。だから安心して相談してほしい」

《は、灰咲さん……あ、ありがとうございます》



「とはいえ、異性がいると話し辛い事もあるよな? 佐藤がそうしたいんなら俺は席を外して女の子三人だけでやってもらってもいい――大事なのは佐藤の力になれる事だからさ」

《い、いえ……この『白黒つけよう会』は三人揃ってこそ力を発揮するっていうのは聞いてますので……でも、お気遣いありがとうございます灰咲さん。そしてとっても熱い人なんですね》



【はあ……また始まったわねフワリス】

『ええ……まったく困りものデスね、サヤカ』



「な、なんだよ二人とも……」



【いつものクサクサ灰咲劇場が始まったと言ってるのよ】

「は、灰咲劇場?」

『はい。ユイトはいっつも恥ずかしいセリフを吐きまくりマス。女の子にとっても優しいデス。しかも無自覚なのが非常にたち悪いデス』



「な、なんか黒妃はともかく白姫はキャラ違くないか?……そ、そんなジト目になってるとこなんて珍しい気が……」

『それはユイトが悪いから仕方ないデス』

「い、いや、全然意味が――」



《あー、なるほど、お二人は……そういう事なんですか》

「え? なにがなるほどなんだ、佐藤?」

《い、いえ、それは私の口からはちょっと……でも、灰咲さんが悪いと思います》

「なんで!?」



【佐藤さん、この唐変木とうへんぼくのスットコドッコイは放っておいて、相談に話を戻しましょう】

「なんか落語でしか聞かないような罵倒のされ方をしてるんですけど……」



《は、はい……ここに来たのは、なんとか花宮さんに振り向いてもらえるような方法を一緒に考えてほしくて……もちろん、そんな魔法みたいな事は無理だって分かってはいるんですけど、私、暗いしドジだし自分に自信がなくて……なんとかきっかけがほしいんです》



【なるほど。了解したわ。是非ともお手伝いさせて頂戴――でも一つ、承知しておいてほしい事があるの】

《は、はい。なんでしょうか?》



【私達のスタイルは議論しながら、解決方法を模索するというものなの。もう少し細かく言うと、両極端の意見を戦わせる中で、いい具合の中間案やいいとこ取りの折衷案が浮かび上がってくるという仕組みよ】

《ええ……それもなんとなくは聞いています》

 


【私、黒妃清香は負の側面担当。まず人を疑ってかかったり、最悪のパターンを想定した上で発言するの。そして――】



『わたし、白姫・ラ・フワリスはポジティヴな意見を出しマス! 性善説に基づいたものだったり、ちょっと好意的な解釈すぎるのデハ? という論調になる事が多いデス。そしてサヤカのマイナスとわたしのプラスを戦わせて、最後に活躍するのは彼、このユイトが――』



【自分の括約筋かつやくきんを撫で回してフィニッシュするの】

「何が悲しくて己のケツの穴いじくらにゃならんのだ!」



『あはは! ユイトは最後にうまくお話をまとめてくれるんデスよ』

「まあそんなにいいもんじゃないんだけど……俺なりの解釈を伝えると、相談者が納得してくれる事が多いんだ。黒妃と白姫のぶっとんだ意見から実用的な部分を抽出したり融合させたりして、俺が分かり易く伝える――この塩梅がいいのかもしれないな」



《三人の役割がはっきりしてるんですね》



【そうなの。そしてプラスとマイナスの面は本当に極端な意見を出す事が重要。だから特にマイナス――私の発言に関しては不快に思う事もあるかもしれないけど、最終的な解決に至る為の過程だと思って勘弁してほしいの】

《は、はい。大丈夫です》



【ふざけてるとしか思えない発言はほんとにふざけてるだけだったりするから、その時は勘弁しなくても構わないわ】

「いや、そこはお前が気をつけろよ……」



『そして、もう一つ重要な点がありマス。わたし達の議論の中にアイ――あなたも積極的に入ってきてほしいんデス』

《わ、私もですか?》



『そうデス。私達部外者が勝手に話して出した結論よりも、自分で参加した方が納得できる答えに近づくと思いまセンか?」

《わ、分かりました……うまくできるか分かりませんが、頑張ってみます》



【ありがとう。あまり前置きが長くなりすぎるのもよくないから、そろそろ議論に入ろうと思うわ。テーマは『佐藤藍さんが花宮爽介君に振り向いてもらう方法』と定めます】

『了解しまシタ! アイの為に全力で頑張りマスよー』

「よし。じゃあ早速最初の意見を誰か……」



【では私からいかせてもらうわ。学園随一のモテ男を振り向かせるのは、生半可な手段では不可能。つまり導かれる結論は――

『花宮出会い頭ベロチューねじ込み大作戦』よ】



「もうちょっと生半可なのありませんかね!」






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