第10話 『髪』と【時計】と「贈り物」

《め、迷宮入りって……どういう事なんだ清香さやかっち?》

【ええ、三つ目の可能性、それは――骨山ほねやま君本人に思う所があって、『この豚が!』を受け入れられない状態になっている場合よ】



『あれ? サヤカ、さっきその可能性はなくなったんじゃなかったんでシタっけ?』



【似ているようで違うの、フワリス。さっき否定されたのは根本的なもの。 骨山君のドMは筋金入りで、どこの誰から言われても興奮するくらい好きだから、『この豚が!』自体を嫌になる事はありえない……でも今日、鬼塚おにづかさんが『この豚が!』発言をした際に彼が悲しい顔をしたのもまた事実――だとしたらその瞬間に、何か『この豚が!』を素直に喜べない条件が一時的に揃ってしまったのかもしれないわ――それも相当に強烈なものがね】



《つまり……それはアイツ本人にしか分からないって事なん?》

【極論、そういう事ね】

《マ、マジかよ……いくら詰め寄っても全然ゲロんないからここに相談に来たってのに……》



【でも私達は諦めたりしないから安心して。議論によって骨山君の気持ちを推察する事はできるかもしれない。幸いここにはドえ――人の心の機微を読むのに長けている灰咲はいざき君もいる事だしね】

「今絶対ドMって言いかけただろ……」



【そうよ】

「いやそこで開き直られても困るんですけど……」




《た、頼む灰咲。今はアンタだけが頼りだ!》

「いや、そこまで期待されてもあれなんだけど……まあ議論するにしてもまだ材料が足りない気がするな。俺達は骨山が『この豚が!』で悲しい顔になったっていう情報しか聞いてないし……その前後の事を話してもらった方がいいかもしれない」



《そっか……そういえばそうだな。さっきもちょっと話したけどアタシ達、昨日プレゼント交換したんだよ》

「交換? 鬼塚が鼈甲の髪飾りを貰っただけじゃないのか?」

《ああ、実はアタシ達、誕生日が三日違いなんだよ。だったら交換形式にした方が楽しいだろって事になってさ》



『それはいいデスね! キラリからは何をプレゼントしたんデスか?』

《ああ、アイツ、世界で百個限定とかの超レア金色ビカビカのスマートウォッチ持ってんだけどさ。本体はめっちゃ高級感あるんだけど、付属のバンドはなんかだっせえ奴なんだよ。だから奮発して、本体に見劣りしないようなビッカビカのバンドを贈ったんだ》



『わあ、それはとっても喜んだんじゃないデスか?』

《ああ、『愚かな私めに、なんともったいない……一生の宝とします!』って感激に打ち震えてたな》

【………………】



《あれ、どしたん清香さやかっち? 何か考え込んでるけど……》

【いえ、ちょっと符合が気になってね。髪を切った女性に、鼈甲の櫛のプレゼント……そして男性側に贈ったのは時計のアクセサリー……まあただの偶然だと思うんだけど】



《? なんのこっちゃ?》

【鬼塚さん、念の為にきくけど骨山君は送ったスマートウォッチのバンドをその場で装着した?】



《え?……あ、いや、それはしてないな。なんか昨日は本体を家に忘れてきたらしくて……ちなみに今日も付けてなかったけど『畏れ多くて装着できないんで、並べて家に飾ってあります』って》

【……そこも合致してしまうのね】



《清香っち。一人でなんか納得してるみたいだけど、どゆこと?》

【ごめんなさい。それに答える前にもう一つ……鬼塚さん貴女、そのバンドを買うために、まさか……髪の毛を売ったりはしてないわよね?】



《は?……なにいってんの清香っち。てかそもそも髪の毛って売れんの? そうだとしてもそんな事するわけな――あっ!》

【何か、思い当たる事でも?】



《……似たような事はしたかもしんない。わざわざ説明するような事でもないからさっきは気分で――とか言ったけど、実はアタシが髪バッサリいったのって、雑誌の読モの為なんだよね。なんかショートの金髪ギャル特集やるってきいたから、『はいはい! んならアタシ切りまーす!』つって。微妙にギャラよかったし、元から長くて手入れウゼーって思ってたし、あいつの誕プレの為にも丁度いっかなって……だから間接的には髪の毛切ったおかげでお金稼いだって言えっかも…………ってあれ? でもなんで清香っちがそんな事知ってんの?――エスパー?》



【そうじゃないの。ここまで材料が揃ってしまったらそうとしか思えない、というだけの話よ】

『サヤカ、私も全然理解できまセン。説明してもらえマスか?』



【ええ……これは現代版『賢者の贈り物』なのよ】

《賢者の贈り物?》



【そう。100年以上前に発表されたアメリカの短編小説よ。クリスマスのとある夫婦の話でね。夫は妻の長く美しい髪を彩る為の鼈甲の櫛を買う為に、自分が大切にしていた懐中時計を質に入れ――妻は、夫の懐中時計に合う鎖を買う為に、自慢の髪を売り払った】



《な、なんだそれ。今回のアタシ達の話と――》

【ええ。かなり近い状況なの。鎖をつけるべき時計も、櫛で留めるはずの髪ももう存在しない……お互いに完全に無駄になってしまったけど、受け取ったのは相手の思いやり――一見愚かなようでいて、贈り物で溢れるクリスマスにおいて、この二人が一番賢明だったという結末よ】



『も、ものすごくいい話じゃないデスか……』

《ああ……すげえ感動的な――って待てよ、じゃあアイツは自分のスマートウォッチを……》



【おそらくは、売ってしまっているはずよ】

《バ、バカかあいつは! あれも死ぬ程バイトした上に、抽選でようやく手に入れたって言ってたのに……そんなんでアタシが喜ぶとでも思ってん――――いや、嬉しいな、正直なトコ。実際に使えっかなんてどうでもよくて……そこまでしてくれたっていう相手の気持ちがさ》



【……そうよね。それで鬼塚さん、あなたは自分がショートにした理由を骨山君に話したの?】

《あ、ああ、それは今日になってから軽ーい感じで……そういえば、それ聞いてからちょっと様子がおかしくなったから、景気づけに『この豚が!』って言ったんだった……》



【つまり、骨山君は 自分達が『賢者の贈り物状態』になったという事を把握していた……だとしたら余計に謎ね。さっきの鬼塚さんのリアクションのように、一瞬怒りは感じるかもしれないけど、最終的には圧倒的に嬉しさが勝るはずだもの。私だって同じ環境にいたらそう思うわ。ちなみにフワリスだったらどう?】



『私も同じデス! 相手が大事な物を手放してしまったのは悲しいデスけど、それ以上に自分が大切に思われてるって感じて……とってもハッピーデス!』

【灰咲君はどうかしら?】

「右に同じ。可能な限り身を切るような真似はしてほしくないけど……実際そんな事経緯で贈り物されたら、より相手を好きになるだろうな」



【……やっぱりそうよね。あと考えられる可能性としては、骨山君はロングヘアーの鬼塚さんが異常に好きだったとかだけど……】

《いや、それは原因じゃないっしょ。髪切ったの自体は数日前だし、『ショートも大層お似合いでございます!』って言ってくれてたし……あれは無理して言ってる感じじゃなかったな》



【と、なるといよいよ手詰まりね……】

《クッソ……清香っちのおかげでせっかく小説とリンクしてるってとこまで判明したってのに……》

『肝心のショータローの気持ちが分かりまセン……』

「…………………………………………………………」



【議論が煮詰まってしまったわね。鬼塚さん、まだ何か私達が知らない情報は――】



「あ、いや……もしかしたらまだ先に進めるかもしれない」

【あら灰咲君、何か思いついたの?】



「ああ……男として考えた場合、骨山が落ち込んでる理由はさっぱり分からなかったんだ。でも別の視点で考えると、ある可能性が浮かび上がってくる」

《別の視点ってなんデスか?》




「ドMだ」





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