第9話 『豚』と【クソ豚】と「最高級黒豚」
《何言ってんだよフワっち! 謎も謎! 完全なるミステリーなんだって》
『あの……『この豚が!』なんて言われたら誰だっていい気はしないと思うんデスが……』
《ああ、違う違う。いくらアタシだって嫌がってる相手にはそんなヒデー事言わないって。アイツは根っからのドMだからさ。罵られるのがたまんないんだって。ま、到底理解不能なんだけどさ、世の中にはそういう人種もいるってハナシ》
【そうなの?】『そうなんデスか?』
「だから俺の方を見てハモるんじゃねえよ! 知らねえから!」
《あ、ちなみにそいつ全然太ってないかんね。いくら相手の希望だからって見た目の事を悪く言うのはゴメンだし……でもなんか『豚というご褒美は外見を超越した概念なんです!』とかわけ分かんない事言ってて……》
「完全なる上級者じゃねえか……」
《そう、ぶっ飛んでド変態なんだよあいつ……》
『でもキラリはその人の事、好きなんデスよね?』
《ま、まあね……なんつーかその、需要と供給ってヤツ? 私みたいな口悪い女と付き合ってくれて、おまけに喜んでくれんならまあアリかなって……》
『わあ、素敵デス! 愛の形はひとそれぞれデスよね』
《ご、ごほん……まあとにかくそいつ……
【反応が芳しくなかった、と】
《そう! そうなんだよ
【ありがとう。助けを求められたからには私達も全力で応えるわ……で、早速だけど今考えられる可能性としては大まかに三つあるわね】
《は? もう?……清香っち、頭の回転速すぎね?》
【いえ、どちらかというと経験則によるものね。今まで色んな悩みや謎をきいてきたから。というかまだ単なる初動段階での仮説だから、これについて鬼塚さんの意見をを聞きながら、骨山君の人となりやあなたとの関係性といった情報を整理していきたいの】
《あー、そゆ事ね。オッケーオッケー》
【ではまず一つ目はシンプルに『豚と呼ばれるのが嫌になった』から】
《――いや、それはない》
【あら、自信満々に即答するのね】
《ああ、アイツに限ってそれは100%ありえないんだ。たとえ太陽が西から東に昇ったとしても、そのおかしくなった世界の中で、豚と呼ばれる事を諦めずにもがく――アイツはそんな奴だ》
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど……」
【まあそのくらい骨山君のドM具合は筋金入りという訳ね。いつも一番傍で接している鬼塚さんがそこまで言うならこの説の可能性は低そうだけど…………フワリス、貴女は何か意見はあるかしら?】
『はいはい! ありマス! こういう好意的な解釈をしてみてはどうでショウか? ショータローは『豚さんと呼ばれる事自体が嫌になった』のではなく、『普通の豚さんでは満足できなくなった』――ト』
「普通の豚?」
『はい。いつもキラリに豚さん豚さん言われ続けたショータローは刺激に麻痺して、物足りなくなってしまったのデス。よりグレードアップした豚さんフレーズををぶつければ興奮してくれるのではないでショウか』
「なるほど……あり得なくはなさそうだな。でもグレードアップって言っても、具体的にはどういう感じなんだ?」
『そうデスねえ……ええと――』
【『この最高級黒豚が!』というのはどうかしら】
「いや、それ豚としてはグレードアップしてても罵倒としては逆にマイルドになってないか?……」
【ではシンプルに『このクソ豚が!』がいいんじゃないかしら】
「まあ趣旨としてはそういう事だろうけど、それがほんとに効果あるかどうかはこの場では分からないよな……」
【あら、じゃあ
「……え?」
【フワリス、悪いけどお願いできるかしら。こういうのは貴女みたいなタイプの子が言った方が、よりはっきりと効果を体感できると思うから】
『わかりまシタ!』
「いや、分からなくていいんですけど……」
【判定は私がするわ。フワリス、比較したいから、間に最高級黒豚も含めて三回お願いね】
『ふんふん、腕がなりマスね。ではユイト、私の目をよく見てくだサイね。はい、オッケーです。それではいきマスよ……………………………………『この豚ガ!』』
「…………………」
【やや興奮しているわ】
「いやしてないから……」
『それでは次にいきマスね……………………『この最高級黒豚ガ!』』
「………………」
【とどのつまり興奮しているわ】
「カ○ジでしか出てこない表現で嘘つくんじゃねえよ……」
『では最後の本命デス……………………………………『このクソ豚ガ!』』
「………………」
【ボッ○しているわ】
「してる訳ねえだろ!」
【灰咲君。私が言っているのは物理的な事ではないわ。ボッ○しているのはあなたの肉体ではなく…………心よ】
「なんでそこでドヤ顔できるんだよ……ひとつもいい事言ってないからな……」
【この現象をハートフル○ッキと名付けようと思うんだけどどうかしら?】
「勝手にやったらいいんじゃないですかね!」
《あー、ちょっと待ってくれ。盛り上がってる所悪ぃが、その線もないんだ、絶対に》
『え?……キラリ、どういう事デスか?』
《実はそれ……ちょっと前にやった事があるんだ。もっと喜んでくれっかな、と思って『このクソ豚が!』ってちょっと盛って言ったら……〈綺羅理様の『この豚が!』は完璧なんです! それだけで完成してるんです! 原点にして頂点! 余計な足し算はいらないんです! どうかそのままで……そのままでお願いしますぅぅぅぅぅぅぅっ!〉って……》
『す、すごいこだわりデス……言葉が強ければ強いほどいいという訳ではないんデスね……真のドMさんと呼ぶに相応しいデスね』
【そうね。骨山君の前ではうちのハートフルボッ○が霞んでしまうわね】
「俺の名前みたいに言うのやめてもらえませんかね!」
《ははっ!》
「いや鬼塚、笑ってる場合じゃないだろ。無いって分かってたんだったら早いとこ止めてくれよ……」
《悪い悪い。灰咲がオモチャにされてんのが面白くてつい……》
「オ、オモチャって……」
【まあ今の場合は大人のオモチャね】
「ちょっと上手い事言ってんじゃねえよ!」
【まあともかくこれで一つ目の可能性――豚と呼ばれる事そのものや、言われ方の強弱に不満がある――はほぼなくなったと考えてよさそうね。では次の候補――この仮説は鬼塚さんにとって辛いものになるけど、進めていいかしら?】
《……ああ、大丈夫だ。アタシはどんな内容だろうが、ほんとの事を知りたいんだ》
【分かったわ。それでは遠慮なく――二つ目の可能性は、鬼塚さん、貴女に豚と呼ばれるのが嫌だ、という話よ】
《アタシに?》
【もっとかいつまんで言えば、骨山君が鬼塚さんと恋人関係を解消したいと思っている場合――さすがに、興味がなくなった人に『この豚が!』呼ばわりはされたくないでしょう?】
《…………………………》
【……気分を害したのならごめんなさい。でも『白黒つけよう会』としては、真実に辿り着く為に、どうしても検討しておかなければならないの】
《ああ、いやいやちげーんだ。別にキレてたとかじゃないんだ
【どういう意味かしら?】
《ああ……あいつはな、誰でもいいんだ》
【誰でも?】
《そう。あいつはなによりも『この豚が!』呼ばわりされる事を愛している。通りすがりのオッサンでも、近所に住んでるばーちゃんでも『この豚が!』呼ばわりしてくれるんなら超ハッピー。今は、たまたま恋人の私がそう言ってるから超ウルトラハッピーってだけなんだ》
【それは…………想像以上の超越者ね】
《ああ。あいつの口癖は『愚かな私を~』だからな。自分を一段低いところに置くことで他の全ての人間に上から物を言ってほしい……らしいぞ。だから、普段はめっちゃ温厚なくせに、褒めたりした時だけは『やめてください!』ってキレてくんだよ……》
『なんてデリケートなドMさんでショウか……』
「鬼塚も色々大変そうだな……」
《いや、全然? アタシはまあそういうド変態な所も含めて好きだからな――って何言わせんだバカ灰咲!》
「い、今のはそっちが勝手に……」
『でも本当に素敵デス。キラリとショータローはお互いにわかり合ってるんデスね』
《まあそれは……そうかもな。その話で言ったらアタシの体感だけど、アイツから嫌われてるって事はないと思う……昨日もほら、こんな誕プレくれた事だし》
『わああ、綺麗デス!
《へへ、アタシもめっちゃ気に入ってんだ。アイツ、おそらくしこたまバイトして買ってくれたと思うんだ。アタシが髪バッサリいっちまったから、髪留めとしては意味なくなっちゃったんだけど、そんなの関係なく嬉しくてさ……お守りみたいにしてずっと持ってんだ》
『羨ましいデス、キラリはものすごく愛されてるんデスね!』
《はは、まあ物くれたからどうこうって事じゃないけど、アタシの事を好いてくれてるのは間違いないと思う……だから、『この豚が!』でアイツが悲しそうにしてるのには何か他の理由があるはずなんだ》
【成程。ここのパートで確認できたのは、骨山君が鬼塚さんをを嫌っている訳ではないという事と、そもそも『この豚が!』は恋愛感情とは切り離して考えるべき、という二点ね】
《うん、そーいう認識でオッケーっしょ》
【これでまた一歩正解に近づいた訳ね――とはいえ鬼塚さん。不快な可能性を提示してしまって、本当に申し訳なかったわ】
《お、おいおい、そんな頭なんて下げなくていいって清香っち。正解に辿り着く為に嫌な役をやってくれてんのは分かっからさ》
『そうなんデス……サヤカにはいつ悪役をさせてしまって、申し訳なく思っていマス』
【あらフワリス。そんな事を気にしてくれていたの? いいのよ、悩みや謎が解決して相談者の気分が晴れてくれればそれで】
《ははっ! アンタらチョーいい奴じゃんか。やっぱりここに相談にきて良かったわ、アタシ》
【ありがとう。でも本当によかったと言えるのは、骨山君の真意を紐解いた時よ――では三番目。最後の可能性を検証しましょう】
《そうだな……あ、でも残っている可能性が最後なら、まだ仮説とはいえ消去法的にはそれが正解なんじゃん?》
【それがそう簡単ではないの。それどころか、もしかしたらこの謎は……迷宮入りしてしまうかもしれないわ】
《…………え?》
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