第25話 『八十年代のエロビデオ』と【揉みしだき】と「生きている実感」
「ちょ、ちょっと待て
《ほいな、まさに》
『ええと……ユラ、つっぷしたままデスからコウジの説明がよく聞こえていなかったのでショウか?』
《うんにゃ。よ~く聞こえてたよ》
【それはどういう事なのかしら? 私はたしかに、
《それは公寺氏がそう言ってた、ってだけの話だよね~》
〈い、いやいやいや……僕は嘘なんてついてないよ〉
《うん、私もそう思うよ~》
〈……え?〉
「……待ってくれ赤ヶ原……誰も話についていけてないんだが……」
《ホームズも言ってたでしょ? ありえない可能性を潰して最後に残ったのがどんなに不可解なものでも、それが真実である――的な。二人が練習試合と生配信でそこに存在しえなくて、オカルトや奇跡的なレベルの他人のそら似も却下するとなったら、双子じゃなくて三つ子だったって考えるしかないよね》
『え、ええと……それはいくらなんでも暴論じゃないでショウか?』
《まあありえない可能性を潰したってほど議論はしてないし、三つ子だったんなら別に不可解でもなんでもないから、ホームズのたとえは間違ってたかな~》
『い、いや、そういう事ではなくデスね……』
《そう考えた根拠はあるよ~》
〈こ、根拠って……ね、姉さん達が三つ子だなんてそんな……〉
《ちなみに公寺氏――その名字、途中で変わったりしてないかい?》
〈え……な、なんで知ってるの?〉
《ふむふむやっぱり……じゃあ順を追って説明しようかな。まず、公寺氏と妹ちゃんの名前の由来をおさらいしてみよう。公寺氏、もう一回お願いできるかな?》
〈ね、姉さん達じゃなくて僕ら?…………え、ええと、僕が紅に数字の四で
紅四
葉季――
《どーもどーも。で、そもそも公寺氏ってなんで紅四なの? 上にお姉さん二人しかいないのにおかしくないかにゃ?》
「い、言われてみれば……きょうだい全体としては三人目だし、男として考えるなら一人目……普通、名前に入れるなら一か三だよな……」
《そう。そもそもそれが違和感の発端。そしてさっきの不可解な目撃情報を鑑みると、三人目のお姉さんがいるんじゃないの? という疑いが出てくる》
【たしかに可能性としてゼロではないわ……でも百歩譲ってにそれが合っているとして――さっき赤ヶ原さんは名前まで言っていたけど、あれはどういう理屈なの?】
《ここでさっきの由来の話が生きてくるわけですな~。紅葉と四季の例が示す通り、公寺氏の親御さんは子供のネーミングに遊び心を入れるタイプだよね》
『そうデスね。表現豊かな日本語だからこそ為せる、素敵な言葉遊びだと思いマス』
《うんうん。だったらその類いの遊びが、お姉さん達にも取り入れられてると考えるべき。でも、
『満雪』と
『星花』では、別に縦読みしてもかっちりはまらない。一応雪花という言葉は存在するけれども、満星はピンとこないでしょ? でもこれが三人だと仮定すると――考えるべきは3人目がどこに入るか、だよね》
『え、ええ……もし同じ法則で名付けられているならそうなりますケド――そんなのいきなり言われても……』
《時に
『へ?……ああ、『
《そう。雪と花を含んで意味を成しそうな三文字の言葉は『雪月花』。これが合っているとするならば、件の人物は次女という事になる。分かり辛いんでちょっと書き出してみようか。ほい、ほいっと……これでいいかな。ちょっと読み上げるね~。
長女 満雪
次女 □月
三女 星花
こんな感じでございます》
「いや、待ってくれ赤ヶ原。だとすると次は、満
【……あるわ】
「……え?」
【満天の星と書いて
《おお~。さすが
「マ、マジか……なんか滅茶苦茶っぽい推測かと思ったら、ちゃんと形になった……」
《ああ、ちなみにこの説が正解っぽいって補強する要素もまだあるよん。縦読みした場合の左側、満天星と紅葉は植物系で統一されてるし、右の雪月花と四季に至っては似たようなもんだしね~》
「雪月花と四季が似てる?」
【そうね。雪月花は、四季折々の雅な眺めという意味合いがあるわ……】
《うんうん。それぞれでは飽き足らずに、三つ子と双子間にも関連性を織り込むなんて、遊び心もここまでくるとおそれいるよね~》
「と、というか赤ヶ原……あの短時間でここまでの事を考えてたのか?」
《そだよ~。ま、『状況的に三つ子以上しかありえない』って前提から入って、名前の件はあくまでそれを補強する為の材料だけどね》
〈そ、そんな……姉さん達が三つ子?〉
《ま、私のもあくまで状況証拠が揃ってるってだけで、確定ではないけどね。気になるんだったらお姉さん――いや、親御さんの方が確実かな。きいてみたら?》
〈う、うん……そうする。ごめん……ちょっと電話してくるから席を外すね!〉
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お、どうだった、公寺」
〈あ……合ってた。三つ子って事も……
「マ、マジかよ……」
〈母さんは再婚してて、今の父さんと僕達四人が血の繋がりがないのは知ってたけど……もう一人の姉さん――天月さんは、ものごころつく前に実の父親の方に引き取られたんだって……あんまりこういうのは言いたくないんだけど、母方の祖父母は結構な資産家だったから、シングルマザーになっても生活に困る事ようなはない。だから母はその時お腹にいた僕達二人も含めて、五人とも親権がほしかったみたいなんだけど、どうしても一人だけは――って頼み込まれて次女のみ実父の方へ行ったって事らしいんだ。まあ円満離婚だったし、実父も人格的に問題のある人じゃなかったみたいだからね。別に隠すつもりはなかったけど、今まで言い出すタイミングがなかったって……どこから知ったの? って母さんも驚いてた〉
《それはそれは~》
〈あ、あの赤ヶ原さん……ちなみに、僕の名字が変わってるかもしれないっていうのはなんで分かったの? 確かに公寺は今の父さんの方の名字だけど……〉
《ああ、それは公寺氏の名前だよ》
〈え?……僕の名前って紅四?〉
《うむうむ。公寺って音読みで読むと『こうじ』になるよね。公寺紅四って下手をすると『こうじこうじ』って読めちゃうでしょ? 悪いけどこれってややコミカルというかダサいというか……ここまで命名に遊び心を組み込んで、字面も満雪、星花、葉李みたいに洗練されたもので統一してる人のセンスとは少し外れてるな、と。こういう人は絶対名字と名前のバランスにも気を配るだろうからね――でも後から想定外に名字が変わった、と考えればしっくりくる》
〈な、なるほど……〉
《まあそれだけだとちょい弱い気がするけどね~。でも、公寺氏が天月さんと共に生活していない理由を考えれば補強できる。すぐ想像できるのは死別か親の離婚――後者だとすれば名字が変わった事と結びつけられる――こんなもんでどうでござんしょ?》
〈す………すごい…………すごいすごい! すごすぎるよ赤ヶ原さん! あ、あんな最低限の情報から正解を出しちゃうなんて!〉
《いやいや~、大した事じゃござんせんよ》
〈そんな事ないって! というか、お礼言いたいからそろそろ顔を上げてくれないかな?〉
《えー……あー……まあめんどいけどしょうがないか………ほい》
〈赤ヶ原さん、ほんとにありがとう! 昨日からずっともやもやしてたからスッキリしたよ!〉
《いやいや、こっちとしても謎を供給してくれてありがたい限りですにゃ~》
〈『白黒つけよう会』のみんなもありがとう。ここに相談にきてほんとによかったよ!〉
「い、いや……」
『私達ハ……』
【ほとんど何もしていないわね……】
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「『【…………………】』」
《あ~。やっぱりこういう空気になるよね……うん、それじゃ私はこの辺で――》
「え? ちょっと待て赤ヶ原、なんで帰ろうとしてんだ?」
『そ、そうデスよ!』
《ん? なんか想定外のリアクション……みんな私が暴走したから引いちゃったんでないの?》
【そんな事はないわ。赤ヶ原さんのあまりの思考の冴えに、呆然としてしまっていただけよ】
《あり? じゃあもしかして私、このまま見習いとして続けてもいい?》
「いや、当たり前だろ……それどころか見習いなんてつけられんわ、あんな凄いもん見せつけられたら」
『その通りデス。といいマスか、むしろユラはなんで駄目だと思ったんデスか?』
《いや~、私、ここに転入してくる前の高校でミステリー研究会に入ってたんだよね。そこでお互いに推理問題作って出し合いとかしてて――その結果によって、会内のランキングみたいな制度があってさ……で、私の作ったのは誰も解けなくて、逆に他の人のは問題読み終わった瞬間にすぐ解けちゃって……ランキングも『私とその他』みたいな状態になっていって、みんな、私とやっててもつまんないって……日に日に妙な空気になって、なんか申し訳なくて……私の方から辞めちった》
【そうだったの……まああそこまでレベルが違うとその人達の気持ちも分からないではないけれど……ここは『白黒つけよう会』。誰かと優劣をつける場ではないわ】
《そうは言っても、新入りが全部解決しちゃったら面白くないでござんしょ? 私、一端推理が始まると歯止めが効かなくなっちゃうし》
「いや、全く問題ないが」
《……え?》
『そうデス! 相談者さんの悩みを解決するのが何よりも優先されるべきデスから。さっきのコウジだってすっごい笑顔になってたじゃないデスか!」
「赤ヶ原、ここはそういう理念で作られた場所なんだ。相談者が満足してくれるなら、俺達のプライドなんてどうだっていい」
《………あー、なるほど……やっぱりそういう人種なんだね、三人とも》
【とはいっても、貴女に頼りきりになる気はないから努力はするけどね】
「そうだな、俺らにもそれぞれ得意分野はあるからな」
【ええ。紛失した八十年代のエロビデオ探しだったら灰咲君の右にでる者はいないわ】
「いるわ! いやよく考えたらそんなもん得意な奴いねえわ!」
『あはは、サヤカのは冗談なので気にしないでくだサイ。ユイトが本当に得意なのは、人のおっぱいを揉みしだく事デス!』
「純度100%の性犯罪者ですけどそれ!」
『ああ、間違いまシタ。正確には『人の心を解きほぐす事』でシタ』
「悪意あるよね! 絶対悪意ありますよね白姫さん!」
『日本語は難しいデス……』
《ふむふむ。想像以上に仲がよさそうだね、君達は》
『ふふ、ユラもすぐに慣れますよ。『白黒つけよう会』の仲間なんですから』
【そうね――でも赤ヶ原さん、謎が好きでそれを解くのが生きがいと言っていた割には、全く高揚しているようには見えないんだけども……表情に出ていないだけかしら】
《いんや、ご指摘の通り全く心が動いてないんだな~、これが。今のは私が求めている謎とは違ってたからね。ま、暇潰しにはなったからお礼は言ったけど、物足りなさは否めないですなあ》
【物足りない? 赤ヶ原さんがあっさり解いてしまったからそう感じるのかもしれないけど、中々の難易度だったと思うんだけど】
《あ~、違うのよ黒妃氏。解き応えとかそういう問題じゃないんだな、これが。私が生きている実感を得られるのはもっと――》
〈こんちゃーっ!〉
「……ん? ひょっとして相談者か?」
【あら、立て続けに来るのは珍しいわね】
『どーぞ、お入りくだサイ!』
《……今度は期待通りだといいけどね》
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