第7話 『紳士』と【クズ】と「関西弁」

《っ!?…………ちょ、ちょっと待ってくれ灰咲はいざき君。今、なんて言った?》



「…………………花宮はなみやは本当に佐藤の事、好きなのか?」

《おいおい、それはちょっと冗談きついぜ。だとしたら今までのこの時間はなんだったんだ? いくらなんでも失礼じゃないか?》



「ああ……もし俺の思い過ごしであったんなら殴ってくれても構わない」

《……ふん、俺は紳士だからそんな事はしないけど、非常に不愉快だね。俺のあいちゃんに対する恋心は本物だっていうのに》



「――違和感はそれだ。その『あいちゃん』」

《なんだって?》



「最初に引っかかったのは相談内容を俺達に伝えた時だ。花宮は『佐藤…………あいちゃんって子』ってちょっと考える素振りをみせたよな?」

《そんなの、ちょっと口ごもっただけじゃないか》



「そう。それだけなら俺もそのうち忘れてただろうな。でも相談に入ってから花宮は、黒妃くろき白姫しらひめに対してそれぞれ、妙なセリフを発した」

《妙なセリフ?》



「ああ。佐藤あいの『あい』を恋愛の『愛』だとセリフをな」

《え?………………ちょっと待て。も、もしかしてあいちゃんの漢字って――》

「ああ。藍色の『藍』だ」

《っ!?》



「女の子から引く手数多の『天冥てんめい雪月花せつげっか』が、わざわざこんな所まで足を運んでする恋愛相談――そこまでする特別な相手の名前を間違うなんて……そんな事ありえるか?」

《う………………》



「そして極めつけはさっき、黒妃と白姫に連絡先を聞き出そうとした時だ。あの時の花宮の顔――いままで幾度となく見てきた、『相談が完了して悩みが消えた人間の表情』だった。おかしいだろ? そもそも親父さん問題だってまだ真意を聞いていない訳だし、そもそものゴールは『佐藤と付き合う事』だ。まだ何も成し遂げていない奴の醸し出す雰囲気じゃなかった」

《………………………》



「これに関しても俺の推測にすぎない。間違ってるなら土下座でもなんでもするから花宮の真意を教えてく――」

《あ……はははっ! いや、何も間違っていないよ》

「花宮……」



《まいったなあ……こうも完璧にバレちゃうと、取り繕う気にもならないや》

「やっぱり……嘘だったんだな」



《ああ、認めるよ。俺はあいちゃん……佐藤藍ちゃんの事は、好きでもなんでもない》

「一体なんの為に……そんな事を?」



《まあこの期に及んで嘘を重ねるのはダサいから正直に言うか。そこにいる清香さやかちゃんとフワリスちゃんとお近づきになりたかったからだよ》



『【え………?】』



《だってしょうがないじゃないか。二人と接触する一番の方法は『相談者』になる事。まあこんなお手軽な方法があるんなら、やらない方がおかしいよね》

「だったら……だったらなんで『佐藤が好き』だなんて相談内容にしたんだ? 黒妃くろき白姫しらひめとどうにかなりたいんだったら、そんなのマイナスにしかならないだろ」



《ああ、きみモテなそうだから分かんないか。俺が他の女の子に興味ある素振りすると、みんな嫉妬の視線を向けてくるの。あれ、けっこう悪くないんだよ。まあそれと同じ感じで、あえて別の相手との恋愛相談する事で二人の興味を惹こうとしたってワケ。『ああ、この気持ちを私に向けてくれたらいいのに……』って感じになるように仕向けたかったの。まあ学園トップクラスの二人をそう簡単にオトせるとは思ってなかったけど、まず気持ちにフックをかける事が重要なんだよね》



「じゃあ……誰でもよかったって事か…………なんで……なんで佐藤を選んだんだ?」

《ああ、だって俺みたいなのがああいう地味な子を――って方がなんか逆にリアルじゃない? あ、ちなみに親父の家柄云々のくだりも全部嘘だから。そりゃ違和感あって看破されるよね、丸々作り話なんだから》



「……もう一度だけ聞く。佐藤に恋愛感情は無いんだな?」

《ハハッ! あるワケないじゃん。あんな暗くてドン臭いの俺が相手にすると思う?》



「花宮っ!!!」



《うおっ……急に立ち上がってどうしたのさ。おまけにそんな怖い顔しちゃって》

「お前………………………佐藤は……佐藤はなぁっ!」

《藍ちゃんがなに?》

「…………お前なんかに言う価値はない」



【灰咲君……】『ユイト……』



《ハハッ! なにそれ。言うんだか言わないんだかはっきりしなよ》

「……もう帰れ。お前にこの場にいる資格はない」



《……なーんか気に入らないなあ。その、自分が絶対に正しい事してるって目……いい? 俺がその気になったらこの学校から君の居場所無くすなんて、簡単にできるんだよ》

「勝手にしろ」



《あ、その目、出来ないと思ってるでしょ? 分かってる? 、花宮重光だよ?》

「だからどうした。灰咲結人だ――?」



《ぐっ……ま、また減らず口を……そもそもなんでそんなムキに――あ、分かった。お前、藍ちゃんの事好きなんだろ? うわ、趣味わる――》

「花宮ああああっ!」



【灰咲君、駄目!】『そ、そうデス待ってください、ユイト!』



「……大丈夫だ二人とも。こんな奴、殴る価値も――」






爽介そうすけええええええええええええええええええええええええっ!!〉






《……は?………………ら、ららら、蘭子らんこ!? な、ななな、なんでここにっ!?》

〈なんでもかんでもあるか! アンタのくっだらない相談、外から扉に耳ピッタァ貼り付けてぜーんぶ聞かしてもらったわ! あまりのクズさにもう我慢ならんくて突撃してきたっちゅう次第や!〉



「あ、あの……どちら様?」

〈ああ、いきなり堪忍な。ウチは阪本さかもと蘭子、この花宮爽介の彼女やらしてもらっとる!〉



『【「…………彼女?』】」



〈あはは! そないに目ぇ丸くせんといてや。まあ一応秘密って事になってるから黙っといてもらえると助かるわ……ってそんな事はどうでもよくてやな――〉

《ま、待て蘭子……ご、誤解だ! 話せば分かる。説明するからちょっと待っ――ぶるっふぁあああああああああっ!?》



「い、いきなりビンタしたぞおい……」

【平手で人が吹き飛ぶの、初めて見たわ】

『バラエティでやってるのの、100倍痛そうデス……』



《う……ううっ……ひ、ひどいじゃないか蘭子。顔は俺の大事な商売道具なんだか――》

〈やかましい! 人さんにしこたま不快な思いさせとんのやから当然の報いや!〉



《ぬ、盗み聞きするなんてプライバシーの侵害だ!》

〈うっさい! まともな相談内容だったら私もそのまま帰る気だったわ。だがなんや? 重光おじさまの名誉を傷付けてまでナンパしたかったやと? ふざけんのも大概にせーや!〉



《わ、悪かった……俺が悪かったから許してくれっ!》

〈相手が違うわ! ここにいる三人と佐藤藍ちゃんにやろが!〉



《……ご、ごめんなさい…………俺が悪かったですぅ……》



「え、えっと……俺達はそこまで被害受けてないから」

【そ、そうね……後は佐藤さんに心の中で謝ってもらえればそれで】

《わ、私もプンプンしてたんデスけど、ランコが凄すぎてなんか毒気抜かれちゃいまシタ……》



〈よっしゃ! 許してもらえたな。じゃあ次は――ウチの番やな〉

《ひっ!……で、でもさっき相手が違うって……》

〈それは順番の話や! 人様へのケジメついたんなら身内の話やろが。おい爽介……私というもんがありながら、他の女へコナかけようとするなんぞ、いい度胸してんな……根性叩き直してやるからちょっとこっち来いや!〉



《ぐああああっ! ちょっ……襟……襟掴んで身体引きずらないで! 擦れる! 制服すり切れるからっ!》

〈やかましい! 体育館裏まで面貸せや! クク、安心せぇ……誰にも見つからんように超遠回りコースにしといたるから――あ、『白黒つけよう会』のみんな、迷惑かけてすまんかったな! そんじゃ!〉

《って熱っ!? 肌が地面に擦れてあっつううううううううっ!》




◇◇◇◇◇◇◇◇




「あ、嵐みたいな女の子だったな……」

【ええ……目立つから存在自体は知ってたけど……ここまで濃い子だとは思わなかったわ】

『ほわー、パワフルな美人さんでシタねえ……』



「……というかこれ、解決――はしてないよな。この前の佐藤の件もなんかうやむやになっちゃったし、すっきりしない展開が続いてるな……」

【そんな事はないわ。そもそも今回は相談事自体が嘘だったから解決も何もないし、最後は別の意味ですっきりしたしね】

『はい、ランコの啖呵はとても爽快でシタ! でもその前のユイトにも私は感動しまシタよ』



「え?……俺?」

【そうね。佐藤さんの為に怒る姿には、心を動かされたわ】

「いや、あれはなんというか反射というか――」




【灰咲君、見直したわ】『ええ、とてもかっこよかったデス!』

「そ、そうか? 別に特別な事した訳じゃ――」





〈たのもーーーーーーーーっ!〉





「うおっ!?」【キャッ!?】『ふわわっ!?』



〈あー、スマンスマン。またノックもせずにドア開けてもーた。どーしても言っときたい事があったの忘れとってUターンしてきたわ!〉



「さ、阪本?…………言っときたい事って?」

〈そうや、しかもジブンにやで!〉



「お、俺?……」

〈せや! 灰咲結人――アンタ、ええ男やなあ〉



「……へ?」

〈あのクズにブチキレてくれたの、痺れたわあ。佐藤藍ちゃんやったな? あの子の為にめっちゃ怒ったやん? 恋愛感情ではなさそうやけど……いやー、熱かったわ!〉

「ま、まああれは色々と事情があったから……」



〈細かい事はどうでもいいんや! とにかくアンタはイカす奴いう話や! まあ浮気なんて仁義にもとる真似は絶対せーへんけど、もしウチがアイツに愛想つかして捨てたった時は――彼女に立候補してええか?〉

「……は?」



〈はは、じょーだんやじょーだん!――半分はな。アイツの性根叩き直せんかった時はヨロシクな! そんじゃ今度こそサイナラや!〉



◇◇◇◇◇◇◇◇



「な、なんだったんだ……一体」



【灰咲君……】『ユイト……』

「ん、どうし――って、なんか二人ともさっきまでと表情が――」



【見損なったわ】『かっこ悪いデス』

「なんで!?」


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