第17話 『素直』と【ツン】と「クソ鈍感野郎」
【げほっ! げほげほっ!……ごほっ!】
《おや、そんなに咳き込んでどうしたんだ?》
【ね、姉さんが急に変な事言い出すからじゃない!】
《変?
【す、好きじゃないわよ!】
《いつもすました感じよりこっちの方がかわいいぞ、妹よ》
【ね、姉さんにかわいいと思われても嬉しくない!】
《でも灰咲君には思われたいだろう?》
【だ、だから好きじゃないって――】
《あんなに分かり易いのに?》
【ど、どこ! どんな所が!?】
《どこも何も、わざと変な事を言って絡んでいくのはかまってほしい感ありありだし、合間合間で彼の方をチラチラ見て一瞬幸せそうな顔してるし――灰咲君がクソ鈍感野郎だから奇跡的に気付かれてないだけだぞ、あれは》
【そ、そんな顔してるつもりは……】
《そんな事を言っていつまでもウダウダしてると、思い描いている不安が現実になるぞ》
【……不安ってなによ】
《灰咲君をフワリス君にとられる》
【ぶふうっ!?】
《まあ当然だな。ツンデレなんてものがもて囃されるのは創作物の中でだけ――そもそも灰咲君の前ではデレていない訳だから、今のままだと、ただツンツンしてて頭のおかしいボケを連発してるだけの女だぞ、お前は》
【う……ぐっ……】
《そもそも男なんて、フワリス君みたいな優しくて素直で笑顔がかわいい女が好きに決まっているだろうが。まあ彼女も積極的に好意を示してはいないようだが……きっかけさえあれば一発だなあれは》
【うう……】
《そしてお前はこう思っている『でもフワリスはとてもいい子だから、恋敵としてなんか見られなくてこれからも仲良くしたいし、今のこの三人の関係性は心地良いから継続したいし……でも最終的には私が灰咲君とチュッチュしたい』と》
【そんな気持ち悪い事考えてないわよ!】
《だが、ニュアンスは大きく違えていないだろう?》
【……………………………】
《まあ私にできるアドバイスとしては、素直になれ、という事くらいだな。まあそれが出来るならこんなにこじらせていないだろうが――なんにせよ、男を見る目は悪くないようだな。彼が今回の件を見事に解決に導いた事だし》
【…………そういえば、そんな事を言ってたわね。でもどういう意味? 灰咲君は決着を明日に引き延ばしただけで、勝負はまだ継続中じゃない】
《妹よ。それについて何か疑問に思わなかったか?》
【疑問?……ああ、もしかして簡単に延期に応じた事?】
《その通り》
【たしかに少し頼まれたくらいでルールを曲げるのは姉さんらしくないわね……問題が難しすぎるから明日まで時間をくれ、なんて明らかに『つまらない』事のはずだから】
《はっはっは。さすがは我が妹だ。そもそも、今回の問題はあの場で決着をつけなければ意味がないだろう。私が去ってしまえば、答えそのものであるお前が二人にそれを伝える事ができるのだから》
【……そんな真似しないわよ。事前に姉さんがLINEで送ってきた内の一つ――
『本日のゲームに際して、直接的間接的問わず、解決の手助けになるような一切の言動を禁ずる』
っていうの、ちゃんと守ってたでしょ?……だからいつにも増してふざけた事ばかり言ってたんだもの】
《私の目がある場でそう振る舞うのは当然だろう。だが一端目を離してしまえば、不正への監視はなくなる。お前がいくら口で否定しようが『なかった事』は証明できない》
【その『悪魔の証明』を可能にするのが姉さんでしょ。貴女の洞察力ならば、自分で導き出した答えか、聞かされたものなのかの判別は用意なはず】
《ほう、随分と買ってくれているようだな》
【……好き嫌いと客観的な評価は別だから】
《はっはっは。反抗期だな、愛する妹よ》
【………………】
《まあ姉妹の絆は後でゆっくりと深めるとして……『白黒つけよう会』の勝利が既に確定している件を説明しようじゃないか》
【……どういう意味?】
《それを語るのには、今回の問題を紐解く必要がある。その為の前提としてまず……お前は自分の名前の由来を知っているか?》
【由来?……ええ……母さんから聞いているわ。あの男――
【月、火、水、木、金の法則にのっとり、長女には火のつく漢字をあてこみ、
【当然、『恵』は母ではない。そこで『穂』からその字を取り去って『のぎ』を残した。そこに愛人の『
【そのまま『水香』とすればよかったのに、あの男はそれでも飽き足らなかった。『黒妃』であるその子にわざわざ『青龍寺』からも一文字をとり、『水』に『青』をつっくけて『清』とした……私の名前はあの男のおぞましい自己主張で構成されいてるという訳ね】
《ああ。客観的に聞いても
【自分が将来、その座に就くことを公言している人のセリフとは思えないわね】
《はっはっは。私は父とはベクトルが異なるクズなのだよ》
【………………】
《まあ父もクズはクズなりに、お前達親子が金にだけは不自由しないように、十分な額を渡すつもりでいたようだが――日向さんは受け取りを拒否しているんだろう?》
【ええ……でも母が頑張ってくれているから、ありがたい事に生活に不自由はしていないわ。私も『白黒つけよう会』が終わった後、短時間だけどバイトしてるしね……というか、私の事はどうでもいいから本題に戻ってくれる?】
《おっと、それは失礼。今回のヒント1――
×3+(⑦+一)+② (-父の妻)+(母-右)
は、先程お前も言っていた通り、答えが『清香』であると分かっていれば容易に逆算できる》
【ええ……まず本来つけられるはずだった『水穂』という名前をベースに考える。
×3+(⑦+一)+② が『水』
(-父の妻)+(母-右)が『穂』
にそれぞれ対応している】
【まず水を×3して
(⑦+一)の⑦は最初の問題のヒント1から考えて、土曜日の土。
よって(土+一)。同じ考え方で②は月曜日の月】
【『氵』と『土曜日の土に一の字を足したもの』と『月』を足し合わせると――『清』になる】
【続いて右側の『穂』パート。答えである『私』の立場で考えれば 父の妻というのは『恵』さん。『穂』から『恵』を引くと『のぎ』が残る】
【そして『母』は『日向』。そこから『右』の『向』を抜いて残ったのは『日』。
『のぎ』に『日』を足して『香』――よって答えは『清香』となる】
《その通り。青龍寺ノ木国の妻が『恵』であるというのは周知の事実であるから、灰咲君・フワリス君に事前に足りなかった情報は『日向』という名前のみ》
【だから、ああいう意味の分からないLINEも送ってきてたのね。
『『白黒つけよう会』において、できる限り自然な流れで日向さんの名前を二人に伝えておくように』
って……ようやく納得したわ】
《問題を解くのに不足しているピースがあっては、フェアな勝負にならないからな》
【……これの一体どこがフェアな勝負なのよ。生徒会に報告するって件も含めて、明らかに姉さんの言う所の『つまらない』勝負じゃな――】
《だが、灰咲君は『面白く』してくれた》
【…………え?】
《言っているだろう、盤面をひっくり返す一手は既に打たれている、と。そして『白黒つけよう会』の勝利は確定している、とも》
【だからそれはどういう意味なの? だって灰咲君は延期を申請しただけで――】
《その際の彼の言葉をよく思い出していみるといい》
【その際の?……何か、雨がどうとかゴネてたのは覚えてるけど……】
《記憶力はまだまだだな、妹よ。彼はこう言っていたんだ。
「いやだって今日はこんな天気なんだぞ……ここまで土砂降りだと気が散ってまとまるものもまとまらない。恵みの雨とはいうけれど、この状況においてはマイナスだ。予報によると明日は雲一つない空みたいだから、そしたらいい考えも浮かぶかもしれない」
「青竜寺会長、日付が一つ足されると今日とは正反対の天気になるんですけど……待ってもらえないですか?」
「はい。恵みの雨も今はマイナスで、日付が足されて晴れになれば、解決する……です」
――と》
【よくもまあそんな一言一句違わずに……で、それがどうしたの?】
《『晴』という漢字はなにとなにで構成されている?》
【え?……なにとなにで? それは『日』と――あっ!?】
《そう。『晴』は『日』と『青』から形作られている。『水穂』から『恵』をマイナスすると残るのは『水』と『のぎ』そこにそれぞれ『青』と『日』を足せば――》
【清……香】
《然り。先程お前はフェアじゃないと言ったが、ヒント2も加味すれば答えに辿り着く事自体はそこまで難しくはない。真に困難だったのは
『その一言一句を後から生徒会のメンバーに聞かれても悟られないような表現で、自分が答えに辿り着いたのを青龍寺燈穂に伝える事』
そしてそれこそが本日の『白黒つけよう会』の唯一の勝利条件だった訳だ》
【灰咲君は自力でその条件に思い至り……それを満たす為に、わざわざあんな迂遠な表現をしていた?】
《その通り! まあはっきり言って無理ゲーだった訳が、灰咲君は見事にやってのけた! 水と氵は正確にはイコールではないが、そんな誤差はご愛敬だろう――加えて彼は、問題を解いた事をお前にも悟らせたくなかった筈だ。余計な気を遣わせない為の配慮――そしてその目論みは見事に成功した》
【……まあ今ここで、その配慮を台無しにした人間がいる訳だけど。そしてその誰かさんがこんな底意地の悪い問題を作成しなければ、そもそも私の素性が知られる事もなかったんですけど?】
《はっはっは! 面識のほぼない生徒会メンバーはともかく、灰咲君やフワリス君からお前の素性が漏れる事は万が一にもありえないだろう? そして彼らはお前が青龍寺の血を引いていたからといって、見る目や態度を変えるような人間か?》
【そこに関しては1%も心配していないわ】
《だろう? 私も僅かの間ではあるが二人と直接接してみて、その人間力に感嘆したよ。まずフワリス君。この令和の時代においてあそこまで純粋な心を持つ高校生にはとんとお目にかかった事がない。生まれ育った環境、ご両親の教育、生来の気質――全てが奇跡的に噛み合った結果の善性だろうな》
【そうね。あの子と接していると、自分の汚れた心が浄化ように感じるわ。決して真似できない無垢の輝き――人として尊敬に値するわ】
《そして灰咲君。彼の最大の利点は、僅かな隙間を辿り唯一の正解を導き出した類い稀なるその機転》
【……………………】
《――ではなく、人の心の機微を理解できる感受性だ》
【……よく見てるじゃない】
《そして、理解したそれを最適な形で出力し、人と人とを結ぶ役割を担える――他に類を見ない稀有な才能だ》
【そうね。『白黒つけよう会』は三人揃ってこそ力を発揮するけど――人の心を紐解く為の核を担っているのは、間違いなく彼よ】
《愛する妹よ、私は決めたぞ》
【決めたって何を?】
《彼を――灰咲
【ぶふううううううううううううううううっ!?】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます