第16話 無力化
アレックスから悲壮な仮説を伝えられたウォーレン大統領の指示はある意味予想通りで単純明確だった。
<ナノプローブの弱点を探れ>
言われるまでもなく、アレックス博士はこの仮説をおぼろげに組み立てている間にも、対処法について考察を重ねた。
まず考えたのは、ウイルスに対する防御策として一般的なワクチンだが、これは機械相手に動物の免疫機能は無力であり、薬剤によるワクチン効果は期待できない。この選択肢は早々に排除した。
次に考慮したのは物理的な破壊だ。プローブを壊すのは1個、2個だと可能かもしれない。だが、直径が5ナノメートルという極微細なマシンをどのように捕まえるのか。しかも、その数はすでに兆、京といった単位を超えたレベルにまで増えている。手をこまねいている間にも、まるでブレーキが壊れた機関車のように自己増殖の暴走を重ねているのだ。核ミサイルを撃ち込めば、一時的にエリア全体を清浄化することはできるだろうが、他の生物も死滅してしまう。そもそも地球上すべてを核で破壊する訳にはいかない。
苦悩する博士の下には、世界中の科学者からナノプローブ対策のアイデアが寄せられた。
<相手が金属なのだから、巨大な磁石で集めるのが有効。その上で処分する方法を考えるべきだ>
<ナノプローブを検知するセンサーを開発して、清浄エリアを確保することが先決。絶滅する前に動植物が生き残る場所を確保しなければ。排除方法の検討より、そちらを優先する必要がある>
<電磁波でプローブを無力化することができないのか>
アイデアは多岐にわたり、全ては現在の技術レベルでも実現可能なもので、実際、実験室レベルでの検証結果が示されたものもあったが、どれも地球レベルで拡散しつつあるプローブを根絶する対策には思えなかった。
<時間稼ぎにしかならない>
それでもアレックスは、ナノプローブの研究を止めるわけにはいかなかった。博士は視覚や聴覚、触覚など身体の全機能を失ってなお暗闇でもがいているような無力感を味わいながら、数少ない情報をかき集め、孤独な消耗戦を続けた。
しかし、そんな博士の作業は突然さらに大きな障害にぶつかった。
博士は自らを隔離状態に置くために、ここしばらくは自宅で研究に当たっていた。悪夢にうなされる短い睡眠から何とか覚醒し、いつものようにコンピューターを起動させたアレックスは、マウスを操作し、いつもと違うことにすぐ気づいた。
<つながらない>
インターネットに接続できないのだ。
アレックス博士のパソコンがインターネットに接続できなくなったのは、パソコンの不調が原因ではなかった。問題はインターネットそのものにあった。全世界にクモの巣状に張り巡らされたネットワークは、この日、全世界で無力化したのだった。
ナノプローブは世界各地のインターネットの幹線や海底ケーブルを同時に破壊した。その箇所は何十万にも及び、物理的に通信網をズタズタにしたのだ。そのような事態にあってもローカルなネットワークは生き続ける仕組みがインターネットの優れた特性のはずであったが、したたかなナノプローブの集合体は主要なアクセス拠点も同時に機能停止させた。こうなるとクモの巣は維持できない。
インターネットの停止は世界をさらなるパニックに陥れた。さらに追い打ちをかけるように、モバイルを含む電話網も停止した。こちらは攻撃対象が地上に露出しているからインターネットよりは簡単だ。
光通信、スマートフォン、固定電話-高度情報社会を支えてきた基本的なアイテムが次々と無能化したことで、人類は通信という分野で2世紀前に逆戻りした。
アレックス博士は自宅でパソコンを前に途方に暮れつつも、ナノプローブの攻撃の意図を推し量ろうとしていた。
<通信網を破壊するなんて、どれだけ賢いの>
極小のナノプローブは互いに通信しながら高度な集合知を獲得し、地球上の生命を攻撃している。地球という星で生きる人間は、惑星レベルからみるとナノプローブ以下の小さな存在だ。その人類は通信ネットワークを失い、知性を結集することができなくなった。
<反撃のチャンスは失われた>
奴らが次に狙うのは電力網だと直感した博士は蒼ざめた。そうなると、人類の生活レベルは産業革命以前に逆戻りしてしまう。反撃どころではない。何もしなくても人口は数カ月経たずに半減してしまうだろう。
<いよいよ追い詰められたのかもしれない>
そう思ったとき、ドアチャイムが鳴った。
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