第10話 CDC所長

「どうして、アリソンが…。さっきまで元気だったのに」

「技官は検体を解剖し、検体を分析していましたが、突然倒れ、職員が駆け寄ったときにはもう…」

 アレックスはうろたえながらも、わずかばかり言葉を絞り出した。

「アリソンは…アリソンは何の作業をしていたの」

 アーチャーは事務的な口調で答えた。

「採取した検体を電子顕微鏡で調べていました」

 混乱したアレックスの頭脳に、電撃的な結論が現われた。

「アーチャーって言ったわよね」

「はい」

「なぜ、私に連絡してきたの」

「アリソン技官の最後の通話者があなただったからです、親しい間柄だったのかと思ったのと、何か技官の死の原因につながることが分かるかと考えたもので…」

「ありがとう、あなたの判断は間違っていないわ。ところで、あなたのCDCでの役職は」

「調整官です」

「各部局との連絡係ね。それでは私からあなたにお願いがあります。すぐにCDCの所長と電話をつないで。最優先の緊急事態よ」

「最優先…ですか」

 アーチャーは明らかに動揺していた。

「そう、最優先。一刻も早く手を打たないと、世界最高峰の頭脳を結集した調査チームが全滅するかもしれないわよ」

「全滅…」

 アレックス博士の投げかけた荒唐無稽とも思えるリクエストは、平時ならジョークと笑ってやり過ごせるかもしれないが、今は国家の非常事態だ。アーチャーはすぐに気を取り直した。

「分かりました、博士。すぐにCDC所長との通話をセッティングします。いったん電話を切ります、少々お待ちください」


 アレックス博士のスマホが再び振動したのは、それから5分後だった。

<アーチャー、なかなか優秀ね>

 博士はそう思いながら、電話を受けた。

「所長、時間を取っていただき、ありがとうございます。私はジョアンナ調査チームの…」

 CDCのジェンキンス所長がアレックス博士の自己紹介を遮った。ジェンキンスは気が短いことで有名な医学博士だった。

「自己紹介はよろしい、アレックス博士の経歴は充分に承知しているよ。それよりも本題を聞かせてほしい、アリソン技官の死因について」

「分かりました、アリソンは亡くなる2時間ほど前、私にメールを寄越しました」

 アレックス博士はまだ混乱している感情を精一杯抑えつつ、事態を説明し始めた。

「メール…」

「そこには、アリソンがMRIにかけた遺体の脊髄神経束に、とても小さなものですが金属が確認できたと、それをさらに詳しく調べてみると書いてありました」

「金属かね」

「はい、彼女はそれをナノプローブの一種ではないかと推測していました。それが神経活動を遮断したことで脳が機能停止したのが死因だと」

「…」

 ジェンキンス所長は黙った。想像、仮定の枠外から突然押し寄せた新たな情報に困惑しているのだろう。

「アーチャー調整官の連絡によると、アリソンは神経束からその金属を含む検体を採取し、顕微鏡などで詳しく調べていたようです。そして突然亡くなった」

 博士の脳裏にアリソンのハイスクール時代の笑顔が浮かんだ。バスケットボール部のエースだった快活なアリソンは、校内男子のアイドル的な存在だった。その笑顔を思い起し、アレックス博士は胸が締め付けられるような感情に包まれた。

「アレックス博士」

 ジェンキンス所長のかしこまった口調に、アレックスは我を取り戻した。

「はい、所長」

「我々の取るべき最良の方策は何だと考えるかね、博士」

 アレックスは間髪入れずに答えた。

「このまま調査を続けると、アリソンの二の舞が次々と起こる可能性があります。死因の調査はメンバーの安全策が講じられるまで一時凍結すべきです。世界最高の頭脳をいたずらに失ってはなりません」

「しかし、死因の究明とその対処策を、CDCは早急にまとめなければならない」

「それは充分に理解します、所長。ですが、相手はナノレベルに微細なプローブなのです。それが関与しているのであれば、防護服では不充分です。さらに言えば、調査には医学の専門家に加え、ナノテクノロジーの研究者も加える必要があります」

「その通りだ」

「エリア51でも、検死に携わった医師らが短時間で亡くなりました。空軍の隊員たちも同じです。健康体だった人間が一瞬で死亡してしまうのです。恐らくアリソンも検体を検査してから1時間以内には亡くなったはず。これだけ短時間で人間を死に追いやるものです。うかつに手を出すと、関わる人間が次々と…」

 ジェンキンスは静かに言った。

「博士の言いたいことは分かった。すぐ大統領に報告する」

 アレックスはまだ言い足りなかったが、所長は一方的に通話を終了した。座り心地の悪い椅子に身を沈め、深く深呼吸したが、博士の気分は全く落ち着かなかった。

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