第9話 ナノプローブ
「アリソン、ちょっとお願いがあるんだけど、緊急で」
アレックスの通話先はCDCのアリソン技官、NYのハイスクールの同級生だ。ジョンズホプキンス大学で医学者の道に進み、今は突然死の調査チームに呼ばれている。
「緊急? こっちも手一杯なのよ。知っての通り、全く何も分からないの。大統領からのプレッシャーは尋常じゃないし、みんな疲労困憊。リクエストに答えられるかどうか、確約はできないわよ」
アリソン技官の話しぶりには気だるさがにじんでいた。恐らく徹夜続きなのだろう。しかし、アレックス博士はお構いなしだった。
「分かってる。でも、死因が特定できるかもしれない、と言ったら」
アリソンは一瞬黙った。
「それ、どういうこと」
「あなたたちは死因の究明、私はジョアンナが消失した原因の究明、アプローチは違うけど、私はその原因が同じだと考えている。そこで、アンドリュースのMRI画像を何度も見直してみたの」
「アンドリュース、最初に亡くなった技官ね」
「そう、そのアンドリュースの脊髄神経束の辺りに、小さな、ほんとに小さな白い点があるのよ」
「サイズはどのくらい」
「1ミリに満たない」
「ノイズじゃないの」
「私も最初はそう思った。でもなんだか気になる。詳しく分析したくても、基地のMRIの解像度じゃ何も分からないのよ。でも、調べてみる価値はあると思わない?」
アリソンは再び沈黙した。しかし、今度の沈黙は少し長かった。
「分かった。今ちょうど、新しい検体をMRIにかけるところだから、目いっぱい解像度を上げてみるわ、ダメ元でも今の私たちには何か突破口が欲しい」
約2時間後、アリソン技官からアレックス博士にメールが届いた。
<親愛なるアレックス>
アリソンはそう書き出していた。
<依頼の件、アレックスが指摘した通り、こちらの検体でも脊髄神経束に微細な白い点を確認しました。
詳しい分析は後になるけど、これは金属。それは間違いない。私は一種のナノプローブじゃないかと推定しました。これが神経活動を遮断したことで、脳が機能停止したのが突然死の原因としては有力。脳に通じる神経をはさみでばっさり、そんな感じかな。
これから白い点の金属を採取して詳しく調べます。大統領への報告はその後にしますが、アレックスには最初に伝えたかった。
貴重なサジェスチョンをありがとう。アリソン>
メールを読み終えたアレックス博士は、目の前を覆っていた深い霧が晴れていくような感覚を味わっていた。
<金属、ナノプローブ…それなら病原体検査には引っかからない>
アレックスは、ナノプローブが関与するという死因とジョアンナが消失した原因の関係性について黙考した。会議室のチェアは座り心地が今ひとつで、なかなか思考に集中できなかったが、有力な情報が初めて入力されたことで、博士の脳細胞は再び活性化していた。
小一時間経ったころ、博士のスマートフォンが振動した。アリソンからの電話だと思ったが、通話の主は男だった。
「CDCのアーチャーと言います。アレックス博士ですね」
「はい、アレックスです」
アーチャーと名乗る男は、沈痛な口調で言った。
「アリソン技官が亡くなりました」
アレックスは頭を鈍器で殴られるような激しい衝撃に目が眩んだ。
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